竹中英太郎記念館   家業(眼鏡)

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好漢平田君です。
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紫館長さんです。
http://takenaka-kinenkan.jp/diary/index.html

私の住む愛知県から記念館まで250キロ、車で約4時間の行程

年に一度、竹中労さん縁者に会える悦楽

ほぼ40年近く前、白井佳夫編集長時代の映画専門誌「キネマ旬報」そこで初めて目にした労さんの文章、食い入るように読んだ記憶が甦る。

労さん亡くなって相当な時間が経つ、そして自分の中の労さんのイメージが相当変わってきていることを感じる。

私に限らず、記念館関係者すべからく「変遷」を意識しながら、個々人のイメージに執着しながら労さんの本を読んだり、尊父英太郎の絵画を見ることになるのだろう。

もう負の部分は見たい人は見、見たくない人は見なくてよいのだろう。
天才というものはそのさかえ目があろうはずもない。

人が生きていくということは、どこかに地獄のような世界を持つことでもある。
英太郎の絵が死と直結するように見えるのは、当然ながら生と死は一体なのだからと考える。

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