「立ち直る」という言葉  邦画

石原裕次郎は52歳の若さでなくなっている。
晩年の裕次郎の悲惨さは、語りつくされてはいるのだろうが、人生の帳尻をどこかで合わせているようで物悲しく想う。

人気、特に健康いう運を若いうちに、使い切ってしまったとも思えるのだ。

それでもファンには、貴重な映画という遺産を多く残してくれている。

彼、裕次郎の最高作は、港横浜を舞台にした復讐劇「赤いハンカチ」で異論はなかろう。あらためて見直してみた。
浅丘ルリ子が実によく、匂わんばかりの色香が花を副えているし、二谷英明もすばらしい。

そして、劇中に多く出てくる「立ち直る」という言葉に私は、一層切ない想いを抱いている。

去年、私は個人的な事情で、この言葉を何度聞いたことだろうか?劇中の裕次郎も決してやってしまったことについて、後悔はしているわけではないのに、周囲が「立ち直ってほしい」と勝手に思い込んでいる節がある。
この言葉は言われた当人には、かなりきつい言葉で、上から物を言われる感じでとてもやりきれない。

私たち社会は、常識という価値観の中から外れたものに非常に冷たくもあるが、その人たちを除外することで社会が形成されていることも、また事実である。


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私はだからこそ、疎外されし者たちのお話(映画)は一層面白く見られるのだと思う。
勝手な思い込みであっても・・・

それにしてもとこの頃思う。
その後、日活は裕次郎去った後も、ロマンポルノで息をつなぐわけだけれど、そこでの何本かの傑作は、紛れもなく、「はずれ者」に優しい映画でした。
さらに、思うことは、裸の映画を撮り続けることはどこか「荒み」のようなものが、撮る方も見るほうも出てきてしまうものなのだ。
それを超えていったものは、作家性であり、観客の批判眼であったと思う。

「(秘)女郎責め地獄」「(秘)色情めす市場」はしがなき娼婦の、時代劇版と現代版、田中登監督の最高傑作なのである。決して、堕ちたことは後悔していない映画なのだ。



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