アマモマーメイドプロジェクトとは

「小浜湾を魚あふれる豊かな海に!」を合言葉に、小浜水産高校の生徒たちと市民が一緒になって2005年2月から進めている、小浜湾の環境回復に向けた取組みです。
このブログではプロジェクトの進捗状況と、それを支えるアマモサポーターズの活動を中心に紹介します。

2008/8/13

アユ採り70年の名人芸!  どんぶらこ

8月10日(日)今日も暑い一日。
どんぶらこ第二話は、日中を避けて、少し翳りだしてからの開催です。クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します会場の若狭河川組合事務所では、桶や網、釣竿、パネルが揃い始めました。さてさて、今日はどんな話になるのやら。楽しみ楽しみ。

6時、定刻。どんぶらこ第二話「川漁師のアユ自慢、川自慢」はじまりはじまり〜。






クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します自己紹介もそこそこに、いきなり天秤棒で桶を担ぎ始めた語り手の一人藤原義夫さん(名田庄三重)。藤原さんのおじいさんの時代には、この「いけだこ」と言われる桶にアユを入れて、生きたままの状態で京都まで運んでいたそうです。鯖街道ならぬ「アユ街道」があったようです。昔から京の祇園では「若狭のアユは香りが良い」と評判だったそうです。

さて、昔はどのくらいアユがいたかと言うと・・・
クリックすると元のサイズで表示します

堂前武司組合長(中名田)の話では「小学校の2年生ぐらいからアユ採りに行きましたけど、川に石を投げると、アユに当たって採れましたわ」「荷札の細い針金でわっか(直径4,5cm)を作ってそーっとつけると、アユがその中に入ってきたもんです」

北川の様子を語ってくれるのは河合嘉美さん。「川の中を歩くとアユを踏むほどおりました。アユだけでなくコイ、フナ、オイカワ、ウナギ、カメ、スッポン・・・。いろんな生き物がおりました。」
クリックすると元のサイズで表示します

今は主に深みでの毛ばり釣り(どぶ釣り、とっぽん釣り)をされているそうです。海釣りと違って、針に戻りがなくて外れやすいので、釣竿の使い方がポイントなんだそうです。




鮎漁の特徴は、採り方がいろいろあるところ。
アユは1年で成魚になり、産卵すると死んでしまいますが、その短い間に川から海に下り、また川を遡ります。成長に合わせて食べるものも習性も代わるため、その時期時期で採り方も違って来ます。

毛ばり釣りは、若アユの頃の虫を食べる習性を利用したもので、友釣りは成魚になって縄張りを作ることを利用したものです。

さて、もう1つ、縄張りから離れない性格を利用したものが「シャデ網漁」
クリックすると元のサイズで表示します

この道70年のシャデ網名人、藤原さんの実演に会場は笑いの渦!
「僕も2年生くらいからついていったけど、最初の3年は竹切りと追いが仕事で、なかなか網は持たせてもらえんかった」 そう、そうやって最初はアユの習性を学ぶんですね。
前々日に弟子入りした聞き手の田原先生(県立大)も「簡単そうに見えるのに、実際にやってみたら1匹も採れなかった」と藤原さんの名人芸を絶賛!
「昔は2、3時間で100匹くらい採った」そうです。

さて、どうしてそんなにいたアユが少なくなったんだろう?
ここからは、海と川を行き来する魚を研究している田原先生の専門。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示しますアユだけでなく、海と川を行き来する魚はいろいろいます。カニもいます。
取水用の堰やダムなど、遡上を妨げる構造物ができたのが大きな要因。そのほかにも、河川改修で産卵場や隠れ場がなくなってしまったことも大きい。

そして、南川、北川の河口の状況をよく知る小坂先生(小浜水産高校)の話にみんな納得。稚魚の半年を海の浅瀬で育つアユにとって、砂浜も藻場も少なくなってしまった今の小浜湾の状況は深刻です。

「海も川も山も大切にせんとあかんなあ。これ以上壊したらあかん」
そんな気持ちを抱きながら、最後はアユの塩焼きに舌鼓を打ち、みなさん大満足でお開きとなったのでした。
クリックすると元のサイズで表示しますクリックすると元のサイズで表示します






コメントを書く


名前
メールアドレス
コメント本文(1000文字まで)
URL




teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ