銅版画と映画「ターン」  家業(眼鏡)

映画「ターン」は私の好きな映画である。

まず第一に主人公が銅版画の製作者であること。
作りこむ丹念な映像がこの映画の厚みを増している。

技術者の端くれとして、こういう場面は素直に見入ってしまう。
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メガネを作りながらいつも思うのだけれど、あまり難しい講釈はしまいと思っている。
きちっと作ればきちっと評価する人が必ずいると。
しかしながら、ネット上ではそれを言っていると、もちろん商売にはならない。
出来れば、電話等で生の声を聞きながら作ろうとは思う。

まずは一本作ってもらう。
出来れば・・・

こんな時代低価格は武器だと思う。
私のサイト、この頃富みにアクセスは増えているものの、購入にはなかなか結びつかない。とは言うもののメガネが確実にほしい人は増えいると判断している。

世界一価格は当面継続できる。
店舗販売から撤退したときのものが相当数確保してあるから。

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実は遠近両用メガネは色々な職業によって、色々な使い方をするものである。
そして、色々な作り方も、また可能なのである。

映画「ターン」
日常に戻ることは「銅版画」に打ち込むこと。
カリカリと銅版を削る音が心地よい。

牧瀬里穂最良の映画はここに完成した。涙のラストとともに。
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作ることの楽しさと「見切り」  家業(眼鏡)

どんなものでも作り上げることの楽しさがある。

自営業のとき客から「あなたは商売人より職人だ」とよく言われたりもした。私は結構うれしかった。
それが店を閉める遠因になるかもしれないことは、当人意外と分かっていたような気がする。

いいものを作ることと、商売になることとは別物である。
つまり「見切る」という作業がどこかで必要になる。

いいものを理解できる人は意外に多くないのである。残念ながら・・・

私は採算度外視で、いいものを作ろうとしてしまう。

今私は、別の仕事で出来るだけいいものを作ろうといる。会社という枠の中で
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http://www.visioneng.com/jp/index.php
写真は物が立体的に見える拡大鏡、これを使いながらの金属加工作業になります。
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売れない流しの演歌師と経済  家業(眼鏡)

私の大好きな映画「チルソクの夏」何度見直しても泣いてしまう。
かつてテレビで見て、画像、音声に納得せず、DVDで三度も見直してしまった。

私にとってこの映画の肝は、売れない流しの演歌師「山本譲二」の扱い方なのだ。
おそらく、今でも細々と「流し」は行われているはずだけれど、儲けるという経済活動としては寂しいものだと思われる。
でも、それでも、こだわっている人はいると信じている。

何事もこだわって、こだわって、生活していることはすごいことだと思う。

映画「宮本武蔵」のセリフに「我、事において後悔せず」というのがある。

私たちは時として、妥協しながら、そこそこに生きようとする。そのほうがよっぽど楽だし、世間からの風当たりも弱い。
私は到底納得出来はしない。

私たちは何がしかの使命を与えられて、生まれてきたと思うのだ。
それを全うするには、ある種の犠牲は仕方がないのかもしれないと、この頃思う。

「家には金なんかないぞ」山本譲二のセリフを力強く感じた。
それを見守る奥さんは映画では、理想として存在するけれど、実際はほとんどいないだろう事は体験として知っている。

私たちは、生活できることがまず第一の目的である。
そこから外れてはならないのである。
例え、努力の結果でも・・・。



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