諸事情  邦画

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出来の悪い映画ではないのに、うとうとしながら最後まで見ることになってしまった。
私の周辺でいろいろ起きていることが、鑑賞に集中できないとは思えるが、そればかりではない。
幼児の誘拐という話が、どういう風に描いても何か説得力に欠けてしまい、この映画のように「情に終結」させてよいものだろうかと思う。

ガキの鳴き声と森口瑤子の下手さに、時間つぶし鑑賞になってしまった。

そういえば森口瑤子は、かつての二時間テレビドラマ水谷豊と組んだ「通信局シリーズ」が最高作だったでしょうね。
かわいい若奥さん、よく似合っていて当時、私かなりのファンでした。
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今月ももう少しで終わり。
私、問題山積み、そして激変しそうで気を引き締めないと国同様の混乱に巻き込まれそう。
何かに頼らず、自己解決能力を持ち続けなければならない厳しい時代なのだから。
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狂うほどに・・・  日々のこと

金属加工のお仕事が本業なのだが、時々狂わんばかりの精度を要求されることがある。
航空機関連の精密ねじである。
http://www.megane-tomiyasu.com/freepage_34_1.html

神が降りてこないとさっぱり仕事にならない時がある(笑)。
狂え!!などと不穏当な言葉が頭の中をグルグル回る。


それでも完成時の製品を見たときイキガイを感じるのだが、この責め苦のような仕事はいつまで続けられるのか不安になることもある。

私の知る限り日本にはこのような技術者はわずかなようだ。

仕事の余韻がまだ残っている。

明日は野暮用で車で出かける。
Fit RSのエンジンすこぶる快調!!
運転が楽しい。
気分転換にはもってこい



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主人公「叶順子」中学生のガキの頃からのファンなのです。

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死ぬのは簡単生きるのは大変  洋画

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ネオ・レアリスモの先駆者、ロベルト・ロッセリーニ監督による戦争3部作の第1作。ドイツ軍進駐下のローマを舞台に、抵抗運動に対するドイツ軍とゲシュタポの血も涙もない非道を冷徹なリアリズムで描き出す。
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あまりにも有名だらこそ見なかった洋画の一本。
この映画を見たバーグマンとロッセリーニ監督との恋は洋画ファンならずとも知ってはいた。

ラスト、神父の銃殺で終わるが「死ぬのは簡単だ、でも生きるのは大変だ」と言いながら死んでいく。
それを見終わった子供たちはとぼとぼ立ち去る。

人は何がしかの役割を持って生まれてくるだが・・・。
戦争映画は出来が良ければよいほど心が冷たくなってしまう。これ以上この映画については書けそうもない。
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この頃人の縁について深く考えざるを得ないことになってしまった。
映画的思考が時として現実逃避になってしまうことがある。

どこかで人間信じたいけれど、時には縁を切ってしまうことも必要なのかもしれないと思う。「わかる人にはわかる」実にその通りなのだが・・・。
冷え冷えとした戦争映画を見ながら、底知れない人間の非情さについても考えていた。


そうそう黒の試走車(テストカー)も見た。恐ろしく暗い産業スパイもの。

明日はもう少し明るい映画を見よう(笑)。
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涙の向こうに見える風景  邦画

今日は会社お休み、有給休暇を取りゆっくり体を休めている。
いろいろな場面で世代交代が感じられるが、まだまだ老け込むわけにはいかない。
最後の気焔は、どういう形がいいのか思案にくれてはいるが、そうして死んでいきたいと思う。
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一人息子の成長だけを楽しみに、貧しい生活に耐えながら、一人子供を育て上げ、最後まで成長した息子と一緒に暮らすことを夢見ながら生き続ける母親。子供に期待する親とその期待に応えられず悩む息子の姿を描き、人間誰もが一度は直面する問題を描いた作品である。平凡な人間の人生の一断面を切り取ってみせる小津作品の特徴が初期のこの作品にも顕著に見て取れる。
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製作年:1936年 ≪風景がものを言う映画≫

主演飯田蝶子、晩年は加山雄三の若大将シリーズでコミカルな演技で笑わせていたが、この映画では徹底的に貧しい母親を圧倒的な力で演じきっている。

貧しさを生き抜いたとき、先に何があるのだろうか?

この映画には極端に長い風景描写が入ってくる。どこか実験映画風とも思われるけれど、それは観客に限りない思索の時間を与えるものだと私は解釈した。
家族を持つこと、生きることの絶望と希望の意味を観客に投げかける。

ラスト、飯田蝶子の絶望にも似た孤独の姿で終わりになるのだが、その姿は後の「東京物語」に継承されていくことになる。

それでもと私は思う。
人は死という果てしない孤独に向かって生きているのだけれど、それにいつもきちっと向き合えと小津監督は言っているような気がしている。
俺が死んでも映画は残る、そしてあなたたち観客は限りない思索の渦に巻き込まれよ。

かなり過激なメッセージが含まれているような気がしてならない。
たかだか映画、されど「映画命」の人は必ずいると。

「無償の愛」母親に与えられた最大の特権、100パーセント息子の言うことを信じる。おろかなどと誰が言えようか?
そうして、人々は育ってきたのだ。
もはや、私にはいないが・・・。



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インターミッション【intermission】  邦画

連続的に竹中労を語ることは、楽しく血が騒ぐけれど一方疲れも感じる。

しばし休憩ということで・・・
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セックス チェック 第二の性 製作年:1968年製作国:日本..セックス・チェックにより、男女両方の生殖器を持つ半陰陽と診断された女性スプリンター。彼女が専属のコーチの訓練により女性の性を取り戻していく姿を描いたドラマ。 カルト的人気を誇る異色ドラマ。
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このところ増村保造監督作品を意識的に見ている。
これがなかなかいいのだ。
「第二の性」もスポ根ものの変種のような作品なのだが、ともかく監督も出演者も一生懸命なのだ。
鍛える場面など一部では吹き替えを使っているかもしれないが、すさまじい画面が連続する。
何となく刺激的な映画の題名とのギャップが面白い。
いずれにしろ大人の映画なのだ。
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今日は会社の新年会
組織とは無縁の人間だけれど、これも仕事仕事と思いつつ
社長訓示に馬耳東風

わが社にかすかに残る職人技術、誰も何となく眼中にないように思っているが、実はとっても重要であることは私の周辺の幾人かは知っている。
おそらくは偏屈人間のみが継承していくのだろう。

あまりにも地味な作業は消えそうで消えないはずだから・・・。


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懐かしい写真  家業(眼鏡)

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1977年(昭和52年)5月3日撮影 竹中父子名古屋在住の労さんの縁者の方から送っていただきました。
英太郎71歳、労47歳ぐらいかと思われる。
「湯村の杜 竹中英太郎記念館」にも展示公開されている元の写真です。(メガネはドイツ製かも)
以下の「たま」の写真も同じ方からの提供です。
ファンにはたまらないでしょう。

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戒厳令の夜  家業(眼鏡)

「船頭多くして、船、山に登る」
すごいスタッフとキャストには唖然



映画「戒厳令の夜」オープニング
「哀しみのフローレンス」(歌:アマリア・ロドリゲス、作曲:ジョー山中)
歌が素晴らしい。
竹中英太郎の絵が印象的に使われている。

それでもこの映画は失敗作だと言われているのだが、果たしてそうだろうか?
船頭云々・・はなるほど、なるほど・分からないではないが今一度確認したい映画なのだ。
もっとも、DVDが発売されていないのだが。

私は原作を読み、シナリオを読み、製作過程も少しは見聞きしている。
思い入れは半端ではない。
それでも公正な評価はしたいと思っている。

私のリンク先http://bunchan77.exblog.jp/横浜在住Sさんが偶然にアマリア・ロドリゲスを取り上げている。
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竹中労---没後20年・反骨のルポライター  家業(眼鏡)

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労さん、亡くなって20年経つという。
この天才の跡を振り返る作業がこの本の中で行われている。

私もかつて多大な影響を受けた一人だけれど、実生活では実は竹中労の亡霊を打ち消すことから始めなくてはならなかった。
「家庭は諸悪の根源」などと威勢のいい言葉を全面的に信用していたわけではないけれど、男の洒落として受け止めるほど余裕があったわけでもない。

私が商売を始めたのが32歳、それから23年間営業を続けたわけなのだが、どこか映画と竹中労を封印することで商売人として成立していたところがあったようにも思える。
商売人の日々の生活はお金、つまり資金繰りとの戦いになるはずなのに、今に思えば技術に偏重していったようにも感じている。
いいものを作れば必ず必ず報われると。

そう、それはどこかに竹中が目指した仕事とも通じていたとも言えようか。
竹中の残した膨大な遺産は、決してものではない。
人々の心の中に残した仕事に向き合う真摯さだと思っいる。

そうして、私は商売の清算をしなくてはならなくなった、私自信は少しも後悔はないけれど、それらに巻き込まれたつれあい、縁者等々、やはり気の毒には思っている。
それは経営者として一生背負わなくてはならないのだろう。

それでも、この頃は労さんに心酔していた当時を懐かしく思っている。
ほんの少しの余裕と、体力の衰えとともに、自分をもう一度奮い立たせたいとも思っている。

本の中の「藤堂和子」さん、労さんへの実質ラブレターを読んだとき、私ももう少し生きて人を信じてみようと・・・。


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湯村の杜 竹中英太郎記念館 訪問  家業(眼鏡)

湯村の杜 竹中英太郎記念館
http://takenaka-kinenkan.jp/index.html


私の家からほぼ250km、車で4時間半ほど、思い切って出かけて本当に良かったですね。

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写真の優しい館長さんからお聞きする竹中親子の面白いこと、驚くこと、このブログでは発表できないこと(これが特に面白い)等々、時間を忘れてお話をさせていただきました。
労さん曰く全国には私のファンが最低3000人いると。
本の売れ行きから推定していたようだが、この記念館がそういう人たちのよりどころになるときっと労さんも喜ぶことでしょう。



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ペンキ塗り  日々のこと

お休み疲れで、今日はペンキ塗りで体を動かすことにした。寒い時のペンキは伸びなくて結構厄介なのだが、まとまった時間がないとできないので急遽やることにしたのだ。

それにしてもテレビのつまらないこと、結局借りたDVDを見ることなした。

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タルコフスキー「惑星ソラリス」の再映画化した「ソラリス」
この作品のほうがわかりやすく好感を持った。
名作「禁断の惑星」をかなり意識して作っていることがわかる。

ついでに邦画
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かなりしっかり作りこんだ一作
悪名高き東條英機の人間性に光を当てる
歴史観そのものには異論があろうとも、私はこの映画を支持する。

戦争責任が天皇まで追求されるかどうかが、最大の眼目であっただろうことは当時も今も同じ見方だと思う。
主演の津川雅彦いしだあゆみの大芝居が見どころだ。
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謹賀新年  家業(眼鏡)

あけましておめでとうございます。

個人の意見としてはこういうハレの場面は苦手なので、いつもと変わらぬ地味な日々を送っています。
それが私らしいですし、ストレスがないように感じます。
それでも自分の野望だけはしつこく持ち続けようと思っています。
というは、ネット販売で少し自信がついた「メガネ」のこと。
全く誰もやったことのないネットと融合した完全予約制の「新しい店舗」、一人のお客とじっくり向かい合ったお店の再建を考えています。

「さすらいの隠れ眼鏡魂」は死ぬまで持っていようと・・・。
それにはまず健康かと思うが。
気持ちはいつもスタンバイ、かといって会社勤めは適当ではありませんが、ある時期あるタイミングが出てくるような気がします。
ああ・・これは会社の人に読まれるとまずいな(笑)。
このブログ意外な人が読んでいるようで気を付けないと、首筋が寒くなるか?
脱線・脱線・・(笑)
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新年口開け映画は「ビート」奥田瑛二監督としてはかなり保守的な刑事もの
それにしても、人は幸福にならなくてはならないのだろうか?
幸不幸は、かなり個人の主観的なものでそれにとらわれすぎると、かなりいびつな生き方を選ばざるを得ないと思う。

映画の中の家族も決して不幸であるわけではないのだが、もっともっと楽に幸福に生きたいと思うばかりに事件に巻き込まれていくお話なのだ。

個人の自由と幸福感を追求していくと、結婚制度そのものが破たんしていく。

「俺は不幸だ、それで何が悪い」という人だってかなりいるはずなのに・・・
この映画とっても新年に見るようなものではなかった。
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