渡哲也と跡目争い  邦画

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渡哲也は実は石原裕次郎と同じように体調がすぐれないときが多く、そのことで晩年テレビに活躍の場を持ったということになる。

結局のところは1971年日活がロマンポルノに移行する前数年しか活躍の場はない。
「無頼」シリーズはそのなかでは秀逸なものになっていると思う。

単発「仁義の墓場」のすさまじい演技も結局のところ体を壊すもとになったようだ。

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自民党の総裁選び
情けないけれど、やくざ映画の跡目争いと何ら変わりはない。

日本人の心情はこんなところにあるとわきまえなければならない。


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