青春の残滓・日活ロマンポルノ考最終章  邦画

私が映画を本館的に見始めた頃には、とっくの昔に映画産業の衰退が叫ばれていた。
東宝はどうでもいいような青春路線、東映は健さんの任侠映画の動員力の頭打ち、日活は映画産業てしてはどうにもならないところにきていた。
しかし、現場ではなかなか活気があったという話が伝わっているる
日活倒産前に作られた「八月の濡れた砂」「不良少女魔子」「遊び」等々、決して作品としてはダメではなかった。

そして日活の倒産が起き、通常映画の製作断念、ロマンポルノ路線に企業としてシフトし、生き延びる決断をする。
ほとんどベテランは去り、残された若手の集団が「映画」を作っていくことになる。
彼ら若い監督は決して、ポルノを撮りたいわけではなく、「映画」を撮りたかったということはその作品群で後に証明することになる。
と言っても、当然どうにもならない作品も多いわけで、神代辰巳、田中登、村上透、小沼勝監督等、輝ら星の如くの才能があったから成し得たものである。

玉石混交のほとんどを見てきて思うことは、あの「梁山泊」を思い出し、歴史の変わり目の「陶酔」を感じさせてくれたことは真に幸せな映画青春期であったと、いまさらながら思う。
数多くの傑作に触れはしたが、田中登監督作品「㊙色情めす市場」程の作は日本映画史上でも珍しいと思う。
ひとりの娼婦と大阪西成地区との稀なる融合、ラストは村田英雄の歌「王将」とのベストマッチ、心からの「震え」を感じだものです。
田中登監督、この当時幼子を亡くし、その怨念がこの映画を作らせたとも語っている。

その田中登監督もすでに鬼籍の人だけれど、私たちが学ぶべきは、仕事は鬼になって初めて成しうることもあるのだと。

フツフツと湧き上がる情念は何時までも続かない。
「狂疾」は一度だけだと思え!!
説教はしまい

鴨長明「方丈記」の一節
世に従えば見苦し、従わざれば狂せるに似たり
突然思い出した。


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