「情」  邦画

映画「帰らざる日々」今から30年以上前の日活映画である。
舞台は長野県飯田市、私の新城市からおよそ100km、車で二時間ほどの距離である。

高校生と所謂不良との屈折した友情のようなものを、「欲求不満」風というか日活風に描く。
友情というと何か恥ずかしくなるけれど、この映画は明らかに「情」として人間の尊厳の部分にまで踏み込んでいる傑作映画である。

私たちは命をかけて、人を助けることができるのだろうか?
「本当に困ったときには助ける」なんて簡単に言っても、現実問題として遭遇した場合、どれだけの人が実行できるのだろうか?

映画は主人公、永島敏行を助けたため、江藤潤の不良は重症を負い、競輪選手の夢を諦めることになる。
そして、江藤は自堕落生活を暗示しつつ交通事故で死んでいく。

最後で、今まで気づかなかった深い深い「情」を観客に提供することになる。


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私が書くこの文もそうだけれど、「あなたの映画の見方は違う」と身近な人に言われたりする。
おそらくそうなのだろう。色々な映画の解釈があるのだから・・と。そして、私はいつの間にか、自分の人生を投影できるものが、最良の映画だと思うようになった。
      ・・・・・・・・・・・・
「情を交わす」という言葉は、本来とってもよい日本語だと思っている。
過ぎ去ったあのぬくもりを、もう簡単には取り戻せないことは、映画でも現実でも一緒であることは誰もがわかっている。

「懐かしさ」とともに思い出すには、もう少し時間が要る。
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