2013/4/3

1974年12月20日・福岡空港  1970〜1974

大阪から福岡までJALを利用した際に撮ったものです。
当時の福岡空港の展望デッキは、古いマンションの廊下みたいな狭い「通路」でした。
他のお客さんに遠慮しつつ、ガチャガチャとレンズを交換しながら撮っていました。(当時、軽くてキレのいいズームレンズなんて、ほとんどなかった)
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McDonnell Douglas DC-8-61 / JA8057 / Japan Airlines
1974.12.20 / Fukuoka Airport
この機体に乗って、大阪から帰ってきました。
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McDonnell Douglas DC-9-41 / JA8424 / Toa Domestic Airlines
TDAの新鋭機・DC-9。
まだ全機揃ってはいなかった時期でしたが、ダグラスは、ほぼ毎月1機のペースでデリバリーしてましたからね。
アメリカの工業力が一番脂が乗っていた時代だったのかも。
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McDonnell Douglas DC-9-41 / JA8428 / TDA
まだ胴体に「東亜国内航空」のロゴはありません。
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Boring727-46 / HL7307 / Korean Airlines
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Boeing727-46 / JA8326 / JAL
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Boeing727-281Adv. / JA8351 / All Nippon Airways
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Boeing737-281Adv. / JA8415 / ANA
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Boeing747SR-46 / JA8120 / JAL
東京線はとっくにジャンボ・エアバス化されていたのに大阪線の機材が更新されていくのは、まだ数年後のことでした。
おかげで707が沢山撮れたけどね。
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Lockheed L-1011-385-1 TriStar / JA8506 / ANA
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2012/11/30

1974年6月29日大阪国際空港・その2  1970〜1974

続いて、外国機その他です。
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Boeing707-351B / N379US / Northwest Airlines
1974.6.29 / Osaka Int'l Airport
営業面ではノースウェスト・オリエントを名乗っていた時期が時期が長かったですね。
大阪でも、パンナムとともに国際線の顔でした。
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Boeing707-321C / N450PA / Pan American World Airways
これは貨物便として来ていた機体。
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McDnnell Douglas DC-8-63CF / N8635 / Korean Airlines
KALの主力機はボーイング707でしたが、ボーイング747が揃うまでは、チャーターで導入したDC-8も使用していました。
707よりも客席の多い機体だしね。
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McDonnell Douglas Dc-8-61CF / N867F / KAL
当時の雑誌記事などでは、KALのDC-8は-63CFしか出ていなかったと思うのですが、こうして-61CFも使われていました。
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Boeing707-351C / VR-HGP / Cathay Pacific Airways
これも、大阪では多数派の外国機でした。
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Aero Commander680F / JA8075 / AsahiShinbun
朝日新聞社が取材用に運用していた機体。

あとは、空港ビル屋上に展示されていた機体を。
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Sikorsky H-19(S-55C) / 11-4720 / ex.JASDF
三菱重工で国産化され、航空救難群に配備されていたレシプロの大型ヘリ。
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Cessna195 / JA3007 / ex.Asahi Shinbun"Asakaze"
戦後、航空解禁後に朝日新聞が使用していた機体。
水平対向ではなく、まだ星型エンジンが主流の時代だったんですね。
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Piper PA-18-125 Cub / JA3008 / "Kobato"
朝日新聞社を経て日本学生航空連盟に移り、八尾空港で使われていた機体。


まだこの頃までは航空マニアといっても写真を撮るのはそう一般的ではなく、航空誌にも、プラモ記事は多くても撮影ノウハウの記事は、まずありませんでした。
この撮影でも、登録記号をキチンと押さえる、という知識はあったものの、航空機撮影に向いたフィルムや現像のノウハウなんか知る術もありませんでしたから。
使ったフィルムがコニパンSSだなんて…
プラス-Xを使うべきことも、粒子を出さない現像タンクの振り方も、みんな空港で知り合った先輩マニアから教わりました。
後に撮影派マニアを増やしたのも、技術を向上させたのも、今思うと航空ジャーナル誌の功績でしたが、各地で撮影環境が悪化したのも、そうやって撮影派マニアが増えたことと無関係ではないでしょう。
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2012/11/28

1974年6月29日大阪国際空港・その1  1970〜1974

大学に入学して大阪へ行き、大学生活にも慣れ、機材も一応整えた6月、伊丹へ撮影に行ってきました。
当時は経験も浅く、飛行機撮影のノウハウ本や雑誌記事もほとんど無い時代で、ターミナルの展望台から撮っていましたが、今から考えると本当に撮り易い時代でした。
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Douglas DC-8-33 / JA8006 / Japan Airlines
1974.6.29 / Osaka Int'l Airport
この時点で唯一残っていたJALのDC8-33。
JA8001の登録は1987年まで残っていましたが、ライン就航していたのは本機だけでした。
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McDonnell Douglas DC-8-62AF / JA8036 / JAL
JAL Cargoの貨物専用機。1968年から20年間、JALで就役していたから長生きだったほうでしょうね。
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NAMC YS-11-101 / JA8641 / Toa Domestic Airlines"Miyajima"
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NAMC YS-11-108 / JA8648 / TDA"Tsugaru"
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NAMC YS-11A-227 / JA8765 / TDA"Yashima"
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NAMC YS-11A-227 / JA8766 / TDA"Tokunoshima"
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NAMC YS-11-117 / JA8707 / All Nippon Airways
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Boeing727-173C / N690WA / JAL
ワールド航空からのリース機。
貨客混載仕様ですが、日航では全旅客仕様として運用されていました。
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Boeing727-281Adv. / JA8350 / ANA
この年の4月、導入されたばかりの新造機。
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Boeing727-254 / N548PS / ANA
パシフィック・サウスウェスト航空からのリース機。
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Boeing737-281Adv, / JA8417 / ANA
1972年から2000年まで、全日空系で使われ続けた、長命の機体。

…続く
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2012/10/19

1974年7月14日・小松基地航空祭・その2  1970〜1974

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Kawasaki KV-107A / 34-4815 / KomatsuRSQ
1974.7.14 / Komatsu Airbase
雨の為、殆どのフライトはキャンセルになっていましたが、バートルの救難デモだけはやってくれました。
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Kawasaki KV-107A / 34-4818 / KomatsuRSQ
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Fuji T-1B / 25-5858 / 13TAW
北九州の芦屋から来てたんですねー。
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Beechcraft T-34A / 41-0314
今となっては、もう所属が判りません…。
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Lockheed P2V-7 Neptune / 4626 / VP-3
もう残り少なかった、星型レシプロエンジン装備のP2V-7。
本機がエンジンを始動するとき、火薬カートリッジを使ったのか、「バン!」と大きな爆発音と黒煙とともにプロペラが回り始めたのは壮観でした。
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Gruman S2F-1 Trcker / 4148 / VP-14
これも、最早歴史上の飛行機なんでしょうか。
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Fuji-Bell HU-1B Iroquois 41583 / MH
自衛隊ではイロコイという名前は使ってませんでしたけどね。
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North Amrican F-86D Saber / 14-8217 / 103SQ
最後に、展示機のセイバードッグを。
ただ、小松基地にF-86Dは配備されてなくて、千歳基地で最後まで運用されていた103SQの機体が展示されています。
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2012/10/19

1974年7月14日・小松基地航空祭・その1  1970〜1974

私が初めて行った航空自衛隊の基地祭は、1974年の小松基地祭でした。
当時住んでいた大阪から、早朝の特急列車で出発。
それでも小松駅からタクシーを飛ばして、着いたのは午前10時頃でした。
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Mitsubishi XT-2 /29-5104 / APW
1974.7.14 / Komatsu Airbase
どの自衛隊機も、実際に自分の目で見るのは初めてで感動しまくりでしたが、なかでも最新鋭機から。
この時期、三菱T-2は開発試験中で、この4号機まではXT-2でした。
すごく洗練された、新時代のジェット機という印象でした。
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NAMC XC-1 / 28-1001 / APW
こちらも、まだ開発試験中だったXC-1。
現在、普通は川崎C-1と呼んでいますが、主契約社が川崎重工になったのは3号機からで、1・2号機のXC-1は日本航空機製造株式会社(日航製)に開発・製造が発注されていたので、NAMC XC-1と表記します。
でも、日航製に軍用輸送機のプライムを委ねたことが国会で問題視され、同社が解散させられる原因の一つとなったのは返す返すも残念な出来事でした。
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Lockheed F-104J StarFighter / 76-8694 / 205SQ
まだファントムの部隊配備は始まったばかりで、無論小松なも配備されてない当時、第一線バリバリの主力戦闘機だったF-104J。
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Lockheed F-104DJ StarFigter / 26-5005 / 205SQ
機名は戦闘機を示すF記号のままですが、実のところ武装も射撃管制装置もない、純然たる練習機でした。
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Lockheed T-33A / 81-5363 / 205SQ
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Norfh American F-86F Saber / 82-7784 / 4SQ
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North Amercan F-86F Saber / 62-7523 / 4SQ
脚の上下動のデモをやっていました。
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North American F-86F Saber / 82-7850 / 4SQ
本当に美しい飛行機だったな、ハチロクは。
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Mitsubishi MU-2S / 33-3217 / KomatsuRSQ
航空救難隊はまだ無印で跳んでいた時代でした。


…続きます
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