先日NHKで「キレる大人」について、特集をやっていた。
「キレる」人は私から見ると、「自分の正義」をゆずれない人が多いように思う。
正義を振りかざす人はつきあいにくい。
我が家のそばにも、去年亡くなってしまったが
「自分が一番正しい」と言い張る人がいた。
その人を避けるため、引越しを余儀なくされた一家もあった。
その人に言わせると
「道路は人間が人間を通すために作ったもので
犬が通るものではない」そうだ。
戦うと大変なことになるので、接触を避けるしかなかった。
アガシは去年まで庭で遊べない状況だった。
正義は人、場所、状況や立場によって変わる。
小学6年から中学2年まで3年間、福島県いわき市で暮らした。
人情味あふれる、自然豊かな土地だった。
転校してすぐ、「風紀委員」に任命されてしまった。
小学校6年の1学期、最初の週の目標が
「時間を守る」だった。
この地方の方言で「ピッタリ・キッカリ」のことを「ちょっぴり」と言う。
「風紀委員」として、朝礼で
「8時半ちょっぴりに着席してください」と言わなければならず抵抗があった。
ちょっとくらい遅れてもいい・・と思えば楽しいのだが
風紀委員としてはそういうわけにはいかない。
他の人は「ちょっぴり」で通じているのに、私だけ複雑な気持ちだった。
次の週の目標は
「言葉遣いを正しく。「い」と「え」の区別をはっきりしよう」だった。
先生が
「学級委員は「がっきゅう
いえん」でなく「
ええん」が正しいんだよ」と言った。
「柴田さん(私の旧姓)は転校生だから標準語だね。「ええん」でいいんだか?」
と聴かれ、先生に恥をかかせては・・と
「・・・・はい」と嘘をついた。
次の週の目標は
「「し」と「ひ」の区別をつける」だった。
今のようにメディアが発達してなく、
地元のじいちゃん、ばあちゃん達の会話はさっぱりわからなかった。
1ヶ月も経過すると、風紀委員として何も言わなくなっていた。
服装も制服が黒いストッキングに白いソックス。
女子もズックの肩掛け鞄だった。
これをどう取り締まれと言うのだろう・・と思った。
人は、時に人を裁いたり、評価したりする。
私はできるだけしたくないと思う。
しかし、職業上、評価せざるをえないこともあり
恐ろしいことに慣れてしまうこともある。
そんな時に
「先生なんてろくな仕事ではない」
と言い続けてくれた友達がいた。
おかげで、違う目を持てた。
父も生前、
「先生と呼ばれるやつにろくなやつはいない」
と言っていた。
自分を信じなければ何も前には進まないが
自分が正しいと錯覚してしまうほど恐いことはない。
友達に感謝している。
アガシはおかげさまで今日も元気です。
食べる量は少ないですが
ピョコタン、ピョコタン歩いています。

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