南海トラフ付近で起きる大地震の発生メカニズムを解明するため、紀伊半島沖にある巨大分岐断層の掘削調査が来月から始まる。海洋研究開発機構の地球深部探査船「ちきゅう」で海底下5200メートルまで掘り、分岐断層の試料を採取して活動の実態を探る。(伊藤壽一郎)
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世界記録更新へ
掘削調査を行うのは、和歌山県新宮市から南東75キロの熊野灘。南海トラフのプレート(岩板)境界から複数の巨大な分岐断層が枝分かれしている場所だ。計画では水深2千メートルの海底から5200メートル掘削し、分岐断層の根元まで掘り抜く。
この場所での掘削は昨年11月にいったん着手したが、強い風と潮流の影響で掘削機器が損傷し、海底下2千メートルまで掘ったところで中止した経緯がある。今回はその仕切り直しだ。
ちきゅうはすでに現場海域に到着。前回の掘削孔を一部利用するため、穴を密閉してガスや水の逆流を防ぐ装置の設置や、孔内の清掃などの準備を進めており、順調に行けば来月中旬に掘削を始める。
掘削孔をパイプで補強しながら掘り進むが、前回の穴は深部が未補強で崩壊している可能性がある。このため海底下860メートル地点からは、わずかに斜めにずらして新たな穴を掘る。来年1月下旬に同3600メートルに到達し、来年度から巨大分岐断層の試料を採取する計画だ。
ちきゅうの掘削性能は世界一で、昨年9月には青森県八戸沖で研究目的としては世界最深の同2466メートルまでの掘削、試料採取に成功している。同5200メートルの巨大分岐断層まで掘削できれば、世界記録の更新は確実だ。
昭和東南海で連動
南海トラフは西日本を乗せた陸側プレートの下に、海側のフィリピン海プレートが沈み込む浅い海溝。両プレートの境界面ではマグニチュード(M)8級の東海・東南海・南海地震が繰り返し起きてきた。
熊野灘付近では、プレート境界の途中から上方に枝分かれした巨大な断層が伸びている。海洋機構は一昨年、ちきゅうで採取した試料の分析から、この分岐断層が昭和19年の東南海地震でプレート境界の深部と一緒に動いたことを証明した。
分岐断層が動くと津波が巨大化する恐れがあり、綿密な調査が必要になった。調査では掘削を行いながら岩盤の硬さや、周囲からかかる力を測定。採取した試料は肉眼だけでなく、コンピューター断層撮影(CT)も駆使して調べ、地震で生じた摩擦熱による有機物の変性などを解析する。
同機構地球深部探査センターの高瀬弘次サブリーダーは「過去の地震で分岐断層がどう動いたかを調べ、発生メカニズムの解明や予測につなげたい」と話す。
昨年の調査は低気圧で荒れ狂う風と波浪の中、ちきゅうと掘削パイプを切り離す判断が遅れ、機器が損傷して中断に追い込まれた。「今回は気象情報を綿密に分析し、危険なときは無理をせず速やかに離脱する」(同機構)としている。
地震観測にも活用
地震が多発する熊野灘周辺の海底には、地震計と津波計を網の目のように張り巡らせた観測監視システム「DONET」を同機構が整備している。異変をキャッチしたら、光ファイバーの超高速通信で陸上局にデータを送り、気象庁などに配信して津波警報や緊急地震速報に生かす仕組みだ。
生命に直結する防災情報は少しでも早い方がいい。このため分岐断層の掘削調査後は、残った穴の底部に地震計やひずみ計を設置し、DONETと接続して情報の補強に役立てる。
掘削計画に参加している千葉大の金川久一教授(構造地質学)は「巨大分岐断層付近に観測機器を設置してデータを収集できれば、地震の察知がこれまでより確実に早まり、防災に役立つだろう」と話している。