(師走廿七日) オバマ演説  政治

シカゴでの勝利宣言に比べると、現実的で地味ではないかと個人的には思ったが、マスコミを見ると多くの人がLIVEで見ていたようだし、感銘を受けたようだ。変化から責任へという巧みさも垣間見える。さらに優秀なコピーライターによって、国民の団結を訴えていた。

<私たちのために、彼らはわずかな財産を荷物にまとめ、新しい生活を求めて海を越えた。私たちのために、彼らは汗を流して懸命に働き、西部を開拓した。むち打ちに耐え、硬い土を耕した。>

<むち打ちに耐え>という一句がさりげなく挿入されているが、これは明らかに開拓地で使役されていた奴隷たちのことであり、黒人たちにとっては涙する部分である。そしてそれは、自らが「奴隷の子孫」ではないオバマさんにとっては、重要な語句であり、これを入れたファブローの狡猾と呼んでもいい巧みさには驚くほかはない。

演説の最後に引用された部分についても同様である。
<さあ、この日を胸に刻もう。私たちが何者で、どれだけ遠く旅をしてきたかを。建国の年、最も寒い季節に、凍てついた川の岸辺で消えそうなたき火をしながら、愛国者の小さな集団が身を寄せ合っていた。首都は放棄された。敵が進軍していた。雪は血で染まっていた。独立革命の行く末が最も疑問視されていたとき、建国の父は広く人々に次の言葉が読み聞かされるよう命じた。「将来の世界に語らせよう。厳寒のなか、希望と美徳だけしか生き残れないとき、共通の危機にさらされて米全土が立ち上がったと」>

ここは逆に白人のインテリたちにとっての泣かせどころである。これは独立戦争の「バレーフォージでの越冬」のことである。1777年、イギリス軍にフィラデルフィアから追い落とされたジョージ・ワシントン率いる独立軍はペンシルバニア州のこの谷で、厳しい冬を過ごしている。衣服も食料も弾薬も欠乏し、寒さの中で兵士たちは倒れていった。

オバマは今のアメリカの状態をその時にたとえているのである。そして結びの部分につなげているのである。

<アメリカよ。共通の危機に直面したこの苦難の冬の中で、時代を超えたこの言葉を思い出そう。希望と美徳をもって、いてついた流れに再び立ち向かい、どんな嵐が来ようと耐えよう。私たちの子供たちのまた子供たちに、私たちは試練のときに、この旅が終わってしまうことを許さなかった、と語られるようにしよう。私たちは後戻りも、たじろぎもしなかったと語られるようにしよう。そして、地平線と神の恵みをしっかり見据えて、自由という偉大な贈り物を受け継ぎ、未来の世代にそれを確実に引き継いだ、と語られるようにしよう。>

軍隊でも国家でも兵士でも国民でも、危機にあたって指導者がもっとも投げかけるべきは、団結と正義への渇望だ。そのことをオバマはよくわかっているのだ。
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