(師走七日) 金融史がわかれば世界がわかる  

倉都康行著 ちくま新書

FISCOと合流したRPTechの倉都代表の新刊である。副題には、「金融力」とはなにか、とある。金融力という聞きなれない言葉について著者は、経済と金融は明らかに異なる分野であり、経済力という概念があるのだから、金融力という捉え方もできるはずであると断じている。そしてEconomyとFinanceという概念が車の両輪となり世界を制覇した、イギリスのポンドとアメリカのドルの歴史を振り返りながら、今後の金融の方向性を(日本を含めて)示唆している。

歴史は繰り返すとよく言われるが、輪廻の世界が人類の経験の浅はかさを示すのではなく、その本性の発露であるとすれば、時系列のなかで後ろに続く者達は安堵するのではないだろうか。リスクヘッジという概念が先物市場という場を通して最初に生成されたのが、大坂堂島の米市場であったという史実は、日本人の知恵を明確に表しているが、それからの発展はなく、1990年代は見るも無残な結果しか生まなかった。日本の金融土壌にイギリスやアメリカの金融力が植え付けられなかったのは、砂上の楼閣のようなハードしか求めようとしなかった日本人の意識構造にあったのではないだろうか。ソフトというか、概念に対しての探求が不足していたのではないか。紙と鉛筆しかなかった戦後で世界に対して日本という国をアピールできたのは、日本の物理学者たちであったことを思い浮かべて欲しい。

モノづくりの復活と世間ではよく言うが、肝心の資金が無ければ画餅そのものである。日本国内の富である金融資産がゼロ金利という政策のために、方向性を失った流浪の民ならぬ、彷徨える円資金という亡霊になる可能性がますます強くなっている。今こそ、この国に金融、つまりお金を融通する道標を創造しなければならないのではないか。
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