(睦月廿日) キエフの大門  

ムソルグスキーの「展覧会の絵」はよくご存知だろうが、終曲として荘厳に鳴り響くのが「キエフの大門」である。オレンジ革命といわれたウクライナのユーチェンコ大統領が就任してはや二ヶ月が過ぎようとしている。冷戦後、世界は唯一の超大国となった米国と勃興する中国に目を奪われるが、多極世界の一方の雄、欧州の出方を注目しないと世界の潮流は分からない。既に原油価格の上昇に比例してユーロの決済通貨としての地位は確実に高まっている。アジアのローカル通貨のは羨望の眼差しでこれを見つめるだけである。

ユーロ対ドルはエアバスボーイングのようなものだといわれたのは、ユーロが創設された1999年である。当時のエアバスとボーイングはライバルであったが、エアバスはボーイングにはかなわないというのは一般的な見方で、通貨もそれと同じだと欧州側が自嘲していた。ところが、そんな力関係は数年であっという間に変わってしまった。先程「空飛ぶ客船」と呼ばれた超大型機を本社工場で披露したエアバスは既に航空機受注でボーイングを上回っている。これに対してボーイングも7E7で巻き返そうとしているが、新鋭機の投入時期の早いエアバスの離陸はすぐそこである。ジャンボを上回るスーパー・ジャンボの登場は大欧州の底力ともいうべきものだろう。

さらにハード面だけでなく、ソフトパワーでも欧州の積極的な動きが見られるのだ。地球温暖化を防ぐ京都議定書に対して、EUは不参加の米国を尻目に排出権取引を始め、二酸化炭素の排出を抑えようとしている。先日コメントした米国型キャピタリズムに対しては、CSRという概念があるが、これは欧州の発想といってもいい。多極化の一つ、中国に対しても中国と距離を置くブッシュ政権の間隙を狙うかのように、民間企業を引き連れてのEU各国のトップ外交は恒常化している。この結果、2004年でEUは中国の対外貿易で米国、日本を抜いてトップに踊り出ている。したたかな現代のローマ帝国の復活である。

唯一の超大国と大欧州がしのぎを削っているのに対して、北朝鮮の問題もあってか日本は大欧州の展開に無関心すぎるのではないか。二度の世界大戦を経て統合の求心力を21世紀に開花させつつある欧州の戦略に注目すべきである。
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(睦月壱拾九日) ラグビー日本選手権  

2年ぶりの日本一を狙うNECと前年覇者東芝を準決勝で撃破したトヨタの激突となったラグビー日本選手権は秩父宮ラグビー場でおこなわれた。3月になろうかという時節だが、寒風吹く秩父宮は今年芝の状況が悪く選手には気の毒な環境だったが、今日の試合はすばらしかった。特に後半20分から30分にかけてとノーサイド前のディフェンスは勝利への執念を感じた。しかし、後半から出場したJACO VAN DER WESTHUYZEN(南アフリカ代表)のキックがトヨタの攻勢からNECを守ったともいえるだろうし、逆転のトライは彼のロングキックから生まれたものだった。

学生の試合とは違う少々泥臭さはあるが、勝利への執念というかラグビーの猛々しさを充分に味わった。こういう試合をしていればラグビー人気も多少回復するのではないかとさえ思った。NECは千葉の我孫子がホームグラウンドだが、今日のボールボーイをしていたのは、その我孫子のラグビースクールの子供達だった。彼らの目に大人のプレーはどう映ったのだろうか。自分もああいう選手になりたいと思ってもらえれば幸いだが、どうだろうか。いずれにしても協会の不手際でNHKの中継が危ぶまれた準決勝・決勝がこうして中継されたことは日本ラグビーが首の皮一枚つながったとも云うべきだろう。

しかし、決勝に相応しいスピード感を味わったのだが、CATVでたまたま六カ国対抗のフランスとウェールズの試合があった。それを見ていると日本選手権の興奮は一気に冷めてきた。観客数と試合のスピードの差はいかんともしがたい。まだまだ世界は遠い。
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(睦月壱拾八日) 再考 宮澤喜一  

元首相の宮澤喜一氏がライブドアの堀江社長にエールを送っている。オヤジ世代への若者の挑戦という極めてシンプルなスタンスからのようだ。この御仁は永田町というドロドロした世界では浮いた存在というのは昔から云われてきたことだ。サンフランシスコ講和条約で随行員として出席し、戦後の保守本流のなかでその存在感は知性では一目置かれたが、権力への淡白さが自民党の中では派閥の長であっても浮いた存在だった。

宮澤氏が内閣不信任案を可決されて最後の自民党単独政権の首相となったのは1993年だった。その前年夏には、株式市場の急落で静養先の軽井沢から急遽戻って、緊急株価対策を発表した。宮澤氏というとこの夏の急落が思い出される。実際この92年の安値が98年までボトムになっていたはずである。その間には住専問題をはじめとする不良債権が緊急の課題となったが、結局は先送りされて巨額の公的資金が投入される結果となった。初期の段階で抜本的解決策がなされていれば、100兆円をこえる不良債権の山はなかったかもしれない。彼はこの不良債権処理問題に対してリーダーシップを取れなかったことを悔いているのだろう。中曽根氏と同時に議員引退をしてから、自由になった立場もあるが、踏み込んだ発言をしているのはそのためではないだろうか。

あの時ああすればよかったというのは結果が分かっている将来から見た話であって、結局はそのときの決断力が無かったという事実をぼかすことにもつながる。田中角栄を頂点とする利益誘導型政治家と一線を画す宮澤喜一の政治家としての生き方が引退後に具現されてもなあと思いつつ、オヤジ世代への冷静な忠告を発し続けてもらいたいものだ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              
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(睦月壱拾七日)  送別会  

支店で営業事務をされていたEさんがこの度定年退職されることになり、今日は送別会をおこなうことに。しかしEさんが60歳とははじめ冗談かと本気で思ったぐらいで、同じ50歳前後かと思っていた。お話を聞くと、学校卒業後当社の前身会社に入社され、その後結婚され退職したのだが、40歳過ぎにご主人をなくされ、再入社さてそれから18年間お勤められたということだ。

なにかと慣れない伝票処理や端末入力では本当にお世話になり、私自身はいないと困る人だっただけに、ここ数日有給を取って休まれると勝手が違って右往左往という状態である。仕事も一段落して、支店のホールで送別会が始まった。私はこの夜知人と久しぶりに会う約束があったため、途中で失礼したが、本当にご苦労様でしたの一言に尽きる。自分の60歳の時、私はどこで何をしているのだろうか。
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(睦月壱拾六日 望) 米国型キャピタリズムの限界  

ライブドアとフジテレビのニッポン放送をめぐる対立は、新株引受権発行という奥の手をフジテレビが出したことにより、法廷闘争へ持ち込まれるようだ。そもそもライブドアをメディア戦略をもつIT企業という見方をするマスコミが多いが、投資家としてみた方が妥当ではないだろうか。そもそもネット広告費がラジオ広告費を超える時代になったのだから、ネット事業の会社がメディアのコンテンツを狙ってM&Aをかけてくるのは時代の流れである。しかし、メディアは公共物でマネーゲームの対象ではないという意見に関しては、時代錯誤に過ぎない。固定電話でさえネット化の波に飲まれており、過疎地切捨てといわれる郵政民営化を推進しようという時代に上場企業にことさら公共論議をするのは的外れである。

ライブドアが目指しているのは米国型キャピタリズムそのものであり、そのルールの中でゲームを行なっているライブドアを批判することは吝かではないが、その米国型キャピタリズムはエンロンやワールドコムの破綻を境にその限界を警告されているともいえる。株価至上主義とも言い換えられる米国型キャピタリズムに対して、当のアメリカでの批判が相次いでいるのも事実である。株主価値を上げることは重要ではあるが、それ自体を目的化することへの疑問である。企業価値とはよりよい経営活動で自然と達成されるものだろう。

日本型資本主義はその持ち合いに安住した経営がグローバルスタンダートで機能しなくなったが、米国型キャピタリズムをコピーするという安直な方向性も芸がない。プレーヤー批判ばかりでなく、経営の本質をめぐる問題解決のルール作りが求められているのに、その方向性を指摘するメディアは現れない。
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(睦月壱拾五日) 人口減少  

総務省が発表した2004年10月1日現在の日本の推定人口は、1億2768万7000人で、一年前に比べて増加数67000人、率にして0.05%の増加でいずれも戦後最低を記録した。特に男は9000人減と年ベースで初めて減少した。企業の海外進出に伴う赴任の増加がその一因ともいわれて、入国者数から出国者数を引いた社会増減は、男が31000人減だった。(ちなみに女は5000人減。)

推定人口とは2000年の国勢調査を基に、その後の人口動態に関する資料から最近の人口を推計したものである。出生児数から死亡者数を引いた自然増は102000人とこれも戦後最低。人口増加率はゼロに近づいており、5年おきに行なわれる今年の国勢調査では総人口が初めて減少する可能性が出てきたわけだ。

人口が減ることは生産性の伸びが著しくなければGDPの伸びは期待できないことを意味する。公的負担の記録的数字を見て、国民が将来の徴税を忌避するような動きがあるとすれば、日本の将来はきわめて怪しくなる。いよいよ正念場がきたということだろうか。
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(睦月壱拾四日) 大阪に蠢く懲りない面々  

水面下の黒い攻防
一ノ宮美成+グループ・K21  講談社+α文庫

いかにも怪しい題名だが、○○に蠢く懲りない面々シリーズの第3弾である。京都、関西と続いて今回は大阪といよいよ本命ということですかね。バブル時代、関西は利権の巣窟と化していた。不動産の値上がりが東京より遅く始まり、一気にバブルの頂点を迎えた大阪は砂糖に群がる蟻の如く、利権に多くの黒い影が蠢いた。返済の見込みのない融資が日常茶飯事となり、借金の返済に迂回融資がなされ、それがまた不良債権化していった。

BSE対策として国産牛肉の買上げ制度で、死角を突いたハンナングループの総帥、浅田満は昨年詐欺容疑で大阪府警に逮捕されたが、最後の大物フィクサーともいわれていた。黒幕といえば、過去の人となった許永中と京都の山段芳春にとどめを刺すが、自治労保険金詐欺事件など現在の大阪市役所の不正給付問題にもつながりそうな蠢く影が生々しく書かれている。

一歩間違えば関係者になりかねない闇の勢力を取材したもので、関西のアンダーグラウンドに対する恐怖心を煽るには絶好の本だが、他の地域を対象にしたこうしたものはあまり見られない。ある意味特殊な地域というのも住んでいる我々にとってはあまりありがたくないことである。
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