(睦月六日) この国のマスコミ  

昨日のNHKと朝日新聞の問題や今話題のフジテレビとライブドアの対立など、マスコミをめぐる醜聞が目立つ。これは日本のマスコミが既成事実で守られた存在であったためだと私は思う。久しぶりに平日に休みを取って、TVメディアを見ていると、上記の二つの対立を無関係?の他局はおもしろおかしく報じている。フジテレビとライブドアの問題に至っては、株式市場を巡る問題とあって、業界の声を聞きに来るマスコミも多いようだ。株主構成の規則も勉強してから取材しろよなあ。マスコミは自分で調べようともせず、当事者の説明を垂れ流すだけのプロパガンダだというのは、あのオウム事件をはじめとする数々の犯罪履歴が証明している。

注目される組織や個人を持ち上げる時は、腫れ物をさわるような猫なで声でご機嫌を伺い、溺れる犬ともなればバッシングの嵐を加える単なる「いじめ」機関でしかない。自分の足で取材し、とことん真実を追究するなどということは日本のマスコミでは死語になったのではないか。これはTVメディアばかりでなく、日本の大新聞も全く同じである。

旧態依然の慣習に守られた今の日本のマスコミに期待するものもいないのに、いざマスコミの前に立つと、いかにも正論をぶつ偽善者のなんと多いことか。最近のマスコミをめぐる問題が頻発するのは、そうした淘汰の流れがマスコミ界にも押し寄せてきたということであれば、自浄作用も期待できるのだろうが、マスコミ人の特権意識がなくならないかぎり、それも無理というものだろう。
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