(睦月廿六日) スペシャルオリンピックス  

障害者のオリンピックというとパラリンピックのこと?といわれてきたが、先月26日から昨日まで長野で開かれていたスペシャルオリンピックスで知的障害者のオリンピックもあるということが日本にも知られるようになったのは知的障害者を持つ親としては嬉しいことだ。

それにしてもオリンピックではなくオリンピックスと複数形なのは、日常的なトレーニングから世界大会にいたるまで、いつでも世界中のどこかで、この活動が行われているからである。この活動とは、知的発達障害のある人が、様々なオリンピック形式のスポーツ・トレーニングや競技会に年間を通じて参加できるようにすることにより、彼らが健康を増進し、勇気を示し、喜びを感じ、家族や他のアスリート、そして地域の人たちと能力、技術、友情を分かち合う機会を継続的に提供することである。

SOは1963年故ケネディ大統領の妹ユニス・ケネディ・シュライバー夫人が自宅の庭を知的発達障害のある人たちに開放して開いたデイキャンプが始まりで、夫人には、「知的発達障害があっても、スポーツを心から楽しむチャンスが与えられるべきだ」との信念があった。競技会は、1969年シカゴで開催された全米大会を機に、夏季世界大会が始まり、ついで1977年から冬季世界大会も行われるようになり、オリンピックと同じようにそれぞれ4年毎に開催されている。

三歳児検診で他の子と違うなと思い、その後色々病院を回ったり、あやしい?人のところにも行って奇跡を願った時もあった。そんな娘も来週で養護学校の高等部を卒業する。この一年間は長く通った西宮から広島の島の小さな養護学校の分校で過ごしたが、たまに帰ると「ずっとここ」「ずっとここ」と連呼する姿を見ると、今までは彼女なりにそれなりのストレスがあったということかな。マンションで階下のことを気にして飛んだり跳ねたりできず、大声を出すこともできなかったのが、田舎でのびのび自由にできるという幸せを掴んでいるのかもしれない。4月からは愚妻の実家近くの作業所に通うことになるが、この間広島市内のスケート場でもなんなく滑走していたというから、一度オリンピックでも狙わせますか(^^)でも本人は縛られることが大嫌いだから、練習などしないだろうなあ。普通の小学校を卒業した時は、たどたどしい言葉で誓いの言葉をしゃべるのを見て、母親共々ただ涙涙だったが、今度の卒業式はどんなことになるのだろうか。
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