(弥生壱拾八日) マスコミが伝えないこと  

尼崎のJR脱線事故はその後も犠牲者は増え続けている。7両編成の電車に乗り合わせた人達の不運を嘆いても仕方がないかもしれないが、死傷者ベースではジャンボ飛行機の墜落事故に匹敵することを考えると、そんな事故が起こるはずが無いという確率での惨事である。3人死亡200人が乗っていたというのが、第一報だったと思う。これが写真を見る限り、そんなことは無いだろうと思いつつも報道機関は憶測では発表できないし、当局のコメント待ちとならざるを得ない。しかし、相変わらず災害報道の愚の骨頂ともいうべき現象は起こっている。

まず第一に報道ヘリの過剰な取材である。病院移送手段として緊急ヘリポートが近くの学校の校庭に設置される中で、報道ヘリがうろうろすれば管制も大変になることは当たり前だし、人命救助作業であのヘリの爆音は百害あって一利なしである。また地上での被害者に対する過剰取材もいただけないものだろう。記者クラブという利権組織があるのだから、取材するなとは云わないが、節度ある取材が要求されるわけで統制すべきではないか。

また、置石問題が取り沙汰されているが、あの一帯は町工場が多く、閑静な住宅地という土地柄ではない。しかし、そうしたところの人々は自分たちのトラックを出して怪我人を搬送した。TVに映っていたトラックの荷台で運ばれていたのはそれなのである。壊れた車体から少しでも早く救出しようとバールなどの工具をもってかけつけた人もいた。周辺の医療機関の対応も早かった。近くの学校の校庭にはヘリポートが設けられ重傷者が次々と運ばれていった。救助にあたっている救急隊が住民のそうした協力には頭を下げているということをマスコミは伝えてはいない。阪神大震災を経験し、非常時に何をなすべきかという貴重な経験を持っているこの一帯の住民の民度は非常に高いのである。それだけにマスコミの相変わらずの姿勢が目立つのである。大事件大事故の被災地取材の代表制をメディアはきちんと構築すべきである。
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