(水無月四日) 失意  

もう10日余りになるが、NSPのリーダー天野滋氏が脳内出血で亡くなった。我々フォーク世代にとってNSPとは忘れられない存在であったし、昨年復活のコンサートを成し遂げ、第二の旅立ちかと思っていたのに、突然の死は心にぽっかり穴の開いた状態となってしまった。失意のどん底のVERDE氏とまではいかない自分の思いの浅さに自嘲する日々が続いた。

人は大きな不幸にあうと運命というものを考える。運命についてはいろいろ云われているが、どれだけ勉強しても分かるものではない。所詮、人間は調子のいい時は自分のことしか考えない。自分に不幸が訪れて、その日その日を苦労してこそ、他人様のことを考えるものである。よく人間性の問題などというが、もって生まれたときからのものと、大きな不幸や苦労を耐えてきて分かるものとがある。苦労したことのない人には、人の不幸というものは分からない。自分が失意のどん底にあるとき、何が心の支えになるだろうか。それは大きな悲しみを経験した人の暖かい言葉ではないだろうか。

亡くなった天野氏に慰められるというのはおかしいかもしれないが、あの物悲しい曲を口ずさめば、ほのかに自分の青春を振り返ることができる。初めてコンサートで歌った「夕暮れ時はさみしそう」が無性に歌いたくなる日々である。
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