(文月四日) 想像力の欠如  

大差で否決すれば首相も解散を躊躇するのではないかとの郵政民営化反対議員の思いをよそに、首相は即日解散に踏み切った。民営化を公約とした自分を総裁として選んだのだから、法案に賛成するのは当たり前という論理を意地になって押し通したともいえる。夜の記者会見では反対派を公認せず、賛成派の自民と公明で過半数を取れなければ退陣するとまで言い放った。メディアは自民の分裂選挙と囃すが、この男は本当に選挙に勝てると思っている。実際、先週の木曜日までは僅差で可決かというのが、一般的なマスコミの読みだったが、そうはいかなかったのが金曜日の中曽根氏の反対声明だった。これを機に反対派はなだれをうって増えていった。父親の怨念が背景にあったのは容易に伺える。

賛成派も反対派も相手の行動に対して、想像力が欠如していたのが、今回の解散騒ぎでないだろうか。想像力というと頭の中の働きと思いがちだが、そうとばかりはいえない。実際行動してみれば他者の痛みがわかり、見えないものへの想像が働かせられるようになる。想像力は感動体験とか生活感覚の中から生まれてくる。それが無い人に想像力を求めても無理というものである。

最近ドアに「向うに人がいるかもしれません。ゆっくり開けてください。」という紙を見ることが多い。これでは将来のドアは透明になるかもしれない。ささいな行為かも知れないが、これも想像力の欠如である。張り紙をしないと分からない政治というのも困ったものである。
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