(文月壱拾七日) おまえらはバカか  

日曜の午前中は総選挙を前に「郵政民営化に賛成か反対かが最大の争点だ」と云っているが、小泉はともかく、自民党や公明党にとってもそうであるのなら両党はなぜ法案を上程する前に国民的議論に付さなかったのか、の説明が全くされていない。だいたいマスコミも馬鹿で、あの郵政民営化法案は継続審議になったのではなく、憲法第59条の定めるところによって、正式に廃案になったことの認識が全くない。いったん廃案になった条文を部分的に修正しても、再び国会に上程することは明らかに憲法(第59条)違反であることを報じるマスコミは全くないというのは、勉強不足も甚だしい。しかも、あの法案を否決した参院の構成は衆院解散前と変わっていないのだから、憲法違反を敢えておかして同法案を再度上程しても、参院を通る道理がないはずである。それが通れば参院など要らない、という結論になるはずである。

民営化原理主義とも云うべき郵政民営化論だが、金融行政で小泉、竹中ラインがおこなった民営化で、長銀の例を思い出すがいい。「国有」の長銀を実質的に10億円でリップルウッドに売却し、その不良債権は国民負担10兆円で埋め合わせた。たしかにあの時長銀入札に日本の金融界が手を上げなかったのだから、仕方がないという議論は横においておく。

旧長銀は外資ファンドによって新生銀行となり、上場によって株価は即座に800円を突破した。なぜ新生銀行の株価800円にも相当する、と判断されたのかと言えば、答えは簡単。総額10兆円もの税金が投入され、財務内容が改善されたからである。あの外資ファンドが上場で得た金額と現在の保有株の時価総額は1兆円を超える。事実だけ述べれば、この外資は長銀を日本政府から10億円で買って、1兆円の資金をあっという間に取得したのである。

恨み妬みだけを云うつもりはない。しかし、結果としての10兆円の国民負担を小泉、竹中は身に染みているのかどうか疑問である。所詮、彼らは傷つかない、他人の金である。政治とは結果責任ではないのか。
 

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