(文月廿九日) 対日戦勝記念日  

60年前東京湾の戦艦ミズーリ号の船上で、連合軍と日本との降伏文書に署名がなされた。名実ともにここに第二次世界大戦は終わった。この降伏文書の署名でハプニングがあった。カナダ代表が署名欄を間違えたため、最後のニュージーランド代表の書名欄がなくなったのだ。同代表は仕方なく空いている部分に署名せざるを得なかった。これをみた日本代表は、「これでは枢密院の承認が取れない。マッカーサー将軍に訂正を求める。」としたが、連合軍代表はすでに祝杯のためにその場に戻ることが出来ず、代わって米軍参謀がいちいち訂正のサインを行い、このため降伏文書の作成はかなり時間がかかってしまった。

グローバル的にはこの9月2日が対日戦勝記念日であるが、日本では8月15日の玉音放送が終戦記念日とされている。連合軍に降伏を告げ、昭和天皇が読み上げた詔書の日付は14日にもかかわらずだ。この月遅れ盆という日本人の感性に訴えやすい時期に終戦記念日を設定し、戦争責任をぼかしてしまったことは否めない。かといって8月15日を完全に無視しろといっているのではない。お盆という時期に戦没者を追悼するというのは自然な行為であり、国内に対してはそれでいいのだろうが、対外的にはこの9月2日に改めて戦争責任について日本政府としての立場を明らかにすることも必要ではないだろうか。国内向け、対外向けに言い分けることに対しての懸念はあるだろうが、そもそも戦争とは加害者、被害者の区別をはっきりさせることは不可能である。唯一国際法からいえば、非戦闘員殺戮という広島・長崎への原爆投下が批判されるべきである。
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(文月廿八日) 残暑  

9月に入ったというのに真夏日どころか、35度近い真夏の陽射しに坊主頭はこたえる。止まらない汗を拭きふき、営業をしていると、いろいろなお客様にあう。冷たいお茶が出るところもあれば、かかってくる電話に全て席を外し、受話器に向かう経理部長もいる。人それぞれだし、別にいちいち気分を害する年齢は過ぎてしまった。

それにしても今日の暑さには参った。最近の体重のリバウンドを気にして、普段より歩くように努めたせいもあるが、久しぶりに脹脛がパンパンに張っている。運動不足を解消するよりも食事制限すればいいのだろうが、最近のストレスに私の胃袋は空腹に満足することが出来ない日々が続いている。

昨年の今頃、手術を受けようとして断念させられた時期が近づいてきた。それから3ヶ月、死に物狂いでダイエットに努めた結果、オペに耐えうる身体になった。あの切羽詰った頃を考えると、今は心の片隅に甘えがあるのだろう。

溶けるような太陽を見ていると、夏の最後の力を振り絞っているように見える。今の私はどれだけ力を出し切っているのだろうか。宙ぶらりんという心の迷いがよけい暑さを感じさせているのかもしれない。
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