(葉月四日 白露) 台風一過  

心配された台風だが、関西地方にはほとんど被害もなく、あらためて大きな被害を受けられた九州の皆様をはじめ、多くの被災者の方々にお見舞い申し上げます。しかし、なくなられた方はみなお年寄で、田舎で悠悠自適に過ごされていたのだろうに、自然の脅威をあらためて感じざるを得ない。ふと自分の両親の生活が目に浮かぶ。

そんな台風一過のなか、「そごう心斎橋」が帰ってきた。カメラやのCMでよく知られた「大丸そごう」の角が、片落ちになったのは5年前だった。新しく建てられていった姿は御堂筋を通るたびに見上げていたが、いよいよ本日オープンとなった。地下鉄心斎橋駅出口でおこなっていたカードの募集はいつも申込者が席をうめていたので、天候が心配されたが、晴れの門出を祝うかのように残暑だけではない熱気もあったようだ。

顧客のターゲットを中高年に絞り、若者は来なくてもいいというコンセプトではじめたようだが、大阪のおばちゃんは新もの好きだから、あっという間に3000人近い人が開店前に行列をなしていたようだ。となりの大丸も地下を全面的にリニューアルし対抗している。お互いが競争して、少しでも大阪に活気を与えてほしいものだ。

そごうというと、10年前の阪神大震災で被災した私達は、当日の夜にはほとんど食糧がなくなり、翌日買出しに出かけたことを思い出す。真っ暗な朝を自転車で西宮北口駅から大阪に向かった。大阪はほとんど被害がないようなのでデパートも開くということで。梅田に着いた時はまだ開店には時間があり、これでは混雑して買うものも買えないだろうと判断して、地下鉄で南下。心斎橋の旧そごうの地下の食品売り場でありとあらゆるものが並んでいた時は感動した。子供たちの好きなものを中心に買い込み、帰路についたが、当時の終点だった北口駅は人で溢れていた。そこかしこで道を尋ねられたのを覚えている。肉親の、そして知人の安否を気にする不安な顔だらけだった。

ふと衝動的にこれだけ食料品を持っていたら、襲われるのではないかという不安がよぎった。今から思えばとても恥ずかしいことだった。私の住む阪神地域ほど民度の高いところはなかった。誰もが助け合い、譲り合っていた。それは誰もが平等に不自由していたからである。水道が回復しガスが復旧するという普段の生活が戻ってくると、貧富の差があらわれてきたのは止むを得なかったが。
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