(長月壱拾壱日) 北海道  

幕末の蝦夷地など北辺の探検というと、近藤重蔵。最上徳内、そして間宮林蔵などがいるが、松浦武四郎という人物もいた。それまでの探検家が幕命を受けていたが、武四郎は自費で蝦夷地の山野や島々を踏査し続けていた。紀州に生まれた武四郎が蝦夷地に執念を抱いたのは、唯一門戸を開いていた長崎で、日本の北方情勢に明るくなったからである。

明治政府はその成立の時から蝦夷地を重視した。太政官はすでに50を過ぎていた武四郎を開拓判官という高位につけたが、武四郎はその栄職を捨て、平民に戻り再び山野をゆく旅をした。太政官が蝦夷地の地名を変えたいというので、武四郎はアイヌ語でアイヌ仲間を「カイノ」ということから、いったん北加伊道とし、ついで加伊を海に変え、北海道とした。それがたまたま武四郎の雅号「北海道人」に一致したことは小さな笑いをそそられるわけだ。
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