(神無月廿九日) あと一月  

早いもので明日はもう12月。ますます慌しくなる。来月22日までのプロジェクトが迫っているので、明日もはやから客回りである。しかし、世間ではいろいろなことがあった日でもある。広島、矢野町の小一女子の殺害事件の容疑者が逮捕されたり、嬉しい話題は琴欧州の大関昇進なんかもあった。相変わらず強度偽造問題は全国に広がって、ビジネスホテルの休業が相次いでいる。ほとんどが木村建設の案件だが、こうも多いとやはりと疑ってします。実は今月10日頃日経新聞に大きな広告を木村建設が出していたのを覚えている人はいるだろうか。工期が1/2というのは?と思っていたが、一週間後には嘘がばれるというのも不思議なものである。しかし、悪質リフォーム業者が指摘されたのはつい最近だが、また耐震診断詐欺みたいなものが現れるような気がするのは私だけだろうか。

それはそうと、広島の事件で外国人犯罪がクローズアップされるだろうが、中南米の労働者が海田地区に多いのはマツダの下請け企業が多いせいでもある。3Kといわれるきつい仕事はなかなか日本の若者は従事しないし、広島の名産、牡蠣も冷たいなかで殻を開ける「打ち子」の仕事もフィリピンの女性がいなければ成り立たない産業なのである。地方の高齢化を外国人労働者がカバーしている実態がこの事件で明らかになるのではないか。
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(神無月廿八日) もつ鍋  

一世を風靡した「もつ鍋」も今はなかなか専門店というのが見当たらない。そんな「もつ鍋」屋が難波の府立体育館の近くに今秋出来たのは知っていたが、なかなか行く機会がなかった。さすがに鍋が恋しい季節になり、会社の同僚がぜひ行きたいというので(まあ、九州出身というのもあるようだが)三人で出かけた。朝5時までやっているといういかにも本店が新世界にある店で、けっこう流行っていた。値段がリーズナブルなのだろうか、若い客が多く、中年男の集団は自分達だけである。しかし、掘りごたつ形式ではないので、時間が経過すると足がしびれてくる。これは客の回転率を考えると、この方がいいに決まっているだろう。さらに今年は野菜が例年よりかなり安いので、利益率はいいはずである。いい商売というわけか。飲んで食べて一人3000円なのだから、あまり文句も言えないが、ちょっと大蒜臭がきつい食材があったのが気になった。

しかし、セクハラといわれるかもしれないが、最近の若い女性の臍だしルックのせいか、座ると結構半ケツ状態になるようで、女性陣は少々気をつけたほうがいいかも。(^^)
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(神無月廿七日) 新リア王 上巻  

高村薫著 新潮社

最近はTVドラマの法廷シーン化とした日経の「愛の流刑地」だが、濃厚なSEXシーンで朝から中年男を覚醒する作用は大きかったと思うが、前作を覚えている人はどのくらいだろうか。それがこの作品である。実は途中で高村側と日経でもめにもめて前代未聞の連載中止となったものである。だから、最後はどうなるのか興味深々と云うこともあって買ったものだが、さすがに上巻だけで475頁もある大作の上に、政治の話題はともかく、禅僧となった息子の話はなかなか理解しがたい言葉が多いので、難解というほかない。

しかし、青森という保守政治王国で長年代議士を努めてきた父、福澤栄と禅僧の息子の対話は草庵という場所もあってか尽きることはない。地方と東京の距離に埋めようとする政治加算のあまりのえげつなさに呆れ、禅僧の心の葛藤にさもありなんと感じたりする。青森という自然環境の厳しさが人間形成に多大な影響を与えながらも、それぞれの道を歩む親子の初めての本音の会話ともいうべき壮大な時間が流れていく。
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(神無月廿六日) ブロードバンド配信  

ブロードバンド配信(以下BB配信)はライブドア、楽天の動きからわかるように技術的にあっという間に実現してしまったので、BB配信に有料の動画コンテンツをのせたい、今から急にコンテンツを作るのは面倒だから、TV局の持っているライブラリーを使わせてもらおう、ところが、TV局はBB配信は著作権の問題があって、勝手にできないと屁理屈をいって、なんにも動こうとしない。自分達は企業の存亡をかけて頑張っているのに、ええい面倒だ、買収してしまえ!というのが思考経路であろう。

ところが、TV局もそうしたいのはやまやまだが、そう簡単にいかないのが著作権問題なのである。経団連でも「BBコンテンツ流通研究会」をなんと3年前に作って協議してきたらしいが、結局結論は出ていないのである。

なぜか、放送番組には「公共性」が重視され、ドラマで食事シーンがあってバックにいい感じの曲が流れるということは多いが、これを作詞作曲、歌手、レコード会社に断り無しに使えるのである。ところが、評判がいいのでDVDやBB配信しようとすると、関係者の全ての許可が必要になってくるのである。放送の二次利用をするときは、一から交渉を始めなければならない。これでは躊躇するのは当り前だ。

したがってTV局を買収してもBB配信はTV局以外の著作権の権利者が同意しなければ成り立たない。これは、たとえが変かもしれないが、アメリカが自由のもとに制圧したイラクで、各民族が勝手な主張を叫び、一向にまとまる気配がないのと一緒である。イラクと一緒で、新しいITの全てが正しいわけではなく、古い伝統のある文化を有するTV業界が間違っているわけではない。異なる文化が共生しようと思えば、それぞれの文化を尊重するしかないというのが、結論になるのではないか。
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(神無月廿五日) 上司と部下  

週末となると怠け虫が疼いて寝たり起きたりの半ば病人生活となる。ここのところ仕事が忙しくなり、会社の人間関係も危ういものと化している。私の場合中途入社ということもあり、また年齢的にも支店の上層部より上または同列ということで、相手にとっては扱いにくいということになるのだろう。しかし、私自身は外資時代も含めて年齢のことは周りが思うほど感じていないし、歳が若かろうが古かろうが能力のあるものが評価されればいいというごく単純な考え方で生きてきた。

日本の会社というのは部下の育成ということを重視し、上司もそれが仕事だと思っているかもしれないが、私はそうは思わない。上司は部下を育てられないが、有能な部下は上司を育てるものである。そして有能な部下は勝手に育つものである。

与えられる仕事をするだけのブロイラーほどつまらないものはない。自分で餌、つまり仕事を創造する放し飼いの地鶏にならないと逞しくならないものである。部下は勝手に育つが、部下から正しいことを言われると上司は腹が立つものだ。上司の人間としての容量がその会社の発展を促すといったら云い過ぎだろうか。
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(神無月廿四日) 憂国忌   

三島由紀夫が35年前に喝破したこの国の行方はまさに彼の憂いそのままに堕ちつつあるようだ。しかしよもや万世一系の皇統を踏みにじるような政府が登場するとまでは考えていなかったのではないか。

「皇室典範に関する有識者会議」は女性天皇女系継承を容認する報告書を小泉首相に提出した。しかし日本国憲法の冒頭にある「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」天皇制というものはここに崩壊しそうである。確かに女系天皇を認めることで、皇統は維持されるように思えるが、戦前ならば大日本帝国憲法と等しい地位を持っていた皇室典範が戦後は軽くなったとはいえ憲法を変えるのに半世紀論議しておきながら、こちらの方は半年一年のそれで済ませようとするのはちょっと拙速すぎるのではないか。300議席はそのために得たのではないはずである。
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(神無月廿参日 下弦 八専始) 関西という概念  

関西という言葉が日常語として定着するのは、関西が日本経済に対する圧倒的な主導力を東京に奪われた明治以後のことである。当然のことながらこの関西という言葉には最初から恨みが充満している。天下の台所として君臨していた大坂が、元来政治都市であった東京に日本経済の中心という座まで奪われたのだから、それも仕方がない。かつての栄華や伝統文化に対する自賛と現状についての劣等感や中央への隷属意識という開き直り、甘ったれた孤独感、そしてルーズな礼儀作法など関西の複雑な心理は、かつての最下位の常連だったタイガースそのものであった。それに比べると東京や関東という言葉は単純な力を現している。かつての読売ジャイアンツであった。

野球においてはここ数年東西の逆転現象が起きているが、肝心の政治経済の格差は広がるばかりである。日本中の税金を首都に吸い上げるシステムが東京の地位を確立させたが、他の国に見られる都市の多様性を失い、価値は東京だけにあって、その他はすべて「地方」という単色に染められた。従来は関西、大阪がそれに対抗しうる存在であったが、いまやその地位も名古屋に奪われそうである。

しかし、だだっ広い関東平野と遠くに見える富士山という単細胞的な地形よりも、北は若狭湾から琵琶湖、大阪湾、瀬戸内海、紀淡海峡、熊野灘と地形に恵まれた関西の巻き返しを期待したいものだが、無償で役立つこの複雑な地形はそこに住んでいる人間という媒介を通じて、活性化されるものである。いまだ休火山たる現状を打破する気概は野球の応援以外にはないようである。
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