(神無月壱拾五日 望) 冬の月  

今日はなんとか9時にJR西ノ宮駅に着いた。最近とみに仕事が多くなって、セブンテン状態が続いていただけに、駅前のスーパーで久しぶりの買い物をする。両手にポリ袋をかかえた中年のおっさんは哀愁が漂っているばかりだ。

疲れているのでタクシーに乗ろうかと思ったが、ダイエットのことを考えればここで楽をするのはあかん、ということでテクテク。月明かりがきれいで、ふと見上げれば、満月の冬の月が天空に輝いている。空気が澄んでいるせいだろう、実に美しい。ムーンおたくの私は思わず足を止めて、しばし天空を見上げていた。そんなおっさんを不気味な存在とばかり睨んでいくねえちゃんが通り過ぎていく。おまえなんか、絶対あのお月様みたいになれるかと眼をとばすも、闇夜のなかではあほな悪あがきにしか過ぎない。

まあ、月が目に入るくらいで、疲れて下を向いてトボトボというわけではないので、明日も何とかやっていけるかな。でもほとんど過労死に近い勤務状況というのは危ないなあ。
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(神無月壱拾四日) 検査通院  

例の腎臓結石は今だ体外の放出されることもなく、留まったままである。7月の手術から4ヶ月を経過し、そろそろ最終診断を下す時期ということで、午前中済生会病院に向かう。レントゲンをとって石の位置を確認すると、膀胱のすぐ手前の尿管に二つの石の影がはっきりと見える。この部分は尿道が一番狭くなっているところなので、ここで滞留するケースは多い。

先生いわく、やっぱりもう一度破砕手術しかないでしょうといわれるが、この部分の手術は結構難しい。腎臓のなかでは石が飛び散る空間が広く効率がいいし、尿道の中ほどではまだ空間が確保されているが、この部分は空間が限られているため、うまく割れるか微妙なのである。しかし、石がこのままというのもいいわけがない。結局1ヵ月後にもう一度検査して、年末もしくは年明けに手術ということになった。うまくそれまでに体外に出てくれればいいのだが、それは難しいみたいだ。

昨年のクリスマス・イブにヘルニア手術をしたし、また病院で年末を迎えるというのもどうだか。いずれにしてもなんとか片付けたい石の問題である。
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(神無月壱拾参日) 売るタイミング  

堅調だった日本株市場も出来高は先週から緩やかに減少しており、調整局面を迎えつつある。45億株という驚異的な出来高もさすがに冷静さをいささか失った現象ともいえるだろう。所詮は永久に上昇するものでもないし、反対に割安に放置されていれば見直されるというのは当り前のことである。

では売るタイミングとはいつか。当然割高になった時である。誰でも知っているし、あほか、といわれるかもしれないが、1990年の日本はPER60倍まで買われて、その後は約70%の暴落をしたし、2000年のアメリカ(Nasdaq)はITバブルでPER100倍まであって、同じく70%暴落した。(日本も2000年から2003年まで50%以上暴落)簡単なことに真実はある。

歴史的にみてもPER15〜20倍というのが一番居心地のいいところである。株価が上がってくると、説明できない現象を新たな投資尺度を持ち出して、無理やり説明する愚弄は枚挙に遑がない。バブル時代のQレシオなどその際たるものである。日本株全体のPERが20倍を超えてきた現在、そろそろ売りタイミングというものを考えなくてはならないだろう。株の益回りを考えれば、ゼロ金利下の日本市場はまだまだ割安といわれるだろうが、自国以外の海外の株式、債券市場に投資するマネーが急増している現状では、外国人投資家の比較対象はグローバルなものになっている。

日本株が胡座をかいている間に、せっせと自社株買いを続けて、株式需給の好転が見込めるアメリカ市場が魅力的になる可能性があるように見えてならない。

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(神無月壱拾弐日) 一歩も出ず  

この土日は外出は一切なし。普段は土曜日にクリーニングに行って、ついでに買い物を済ませるのだが、このクリーニング屋が入っているスーパーの関西スーパー広田店が改装のため来週18日まで休業しているので、このお店もお休みなのである。先週広島に行っていたので、二週間分が溜まっているのだが、これに来週分が一緒になるので、今度の土曜日は大変である。そんなわけで唯一の外出機会を失ったものだから、土曜日は買い物もなし。さらに今週の残業の多さから疲れが溜まっていて、ひたすら睡眠を貪っていた。気がつけば夜になっていたし、12時前にはまたもや睡魔が襲ってきて、目覚めれば日曜8時となったわけだ。

一応、このブログの更新を済ませると、今度は掃除洗濯。それが済めば、新書を読みながらの半身浴。一時間あまりで汗びっしょりで体重もなんとか90キロを割って一安心。ホッピ−を飲みながら、たかじんのそこまで言って委員会を見て、男子ゴルフと女子ゴルフを交互に見ながらうとうと。夕方からは原稿の題材を求めて、ネットサーフィン。途中大河ドラマと野球のアジアシリーズを挟んで、なんとかこれも終了して時計をみればはや10時。結局外に出ることはなかった。これでは運動不足になるのは当たり前。ここのところリバウンドに悩んでいるが、この出不精ではねえ。

でも明日からの会社の仕事は既に満載状態。明日からも帰宅は10時を回るはずで、これで痩せなければ最悪である。
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(神無月壱拾壱日) 移民政策の難しさ  

日本では詳しい報道がなされていないため、対岸の火事というのがフランスの暴動である。アルジェリア系の少年が警察に追われて変電所で死亡するという事件が、アフリカ系移民の不満を募らせ、各所で車への放火が全土に広がっており、フランスは戒厳令さながらの厳戒態勢が夜間続いている。ワールドカップで予選敗退の危機を救ったのはジダンだが、彼はアルジェリア出身であり、他にも多くの移民出身の代表がいる。

フランスは現在出生率が上がっており、近い将来にはドイツを抜いて欧州で最大の人口になるといわれている。私の記憶ではフランスの人口構成はいわゆる釣鐘型で人口減少のイメージしか持っていなかったが、移民政策を積極的に取り入れて人口減少防止に取り組んだようだ。その結果というにはあまりにも短絡的だろうが、高齢化社会が急速にすすみ、来年にも総人口が減少しようとする日本にとっても参考にすべき点が多い。

移民にとってその国で暮らしていく苦労というのは、最近放映されたブラジルに移民した日本人のドラマを見ても明らかのように並大抵ではない。フランスに移住した人々が就職などで何不自由なく過ごせるほど甘くはなかったはずだ。集団心理という隠れ蓑はともかく、機会均等という奇麗事だけでなく、彼らを自国社会に入れるためにどれだけのインフラが整備していくか、どこの国でも苦悩している。

少子化問題で担当大臣を配し、国としても取り組もうとしているようだが、積極的な移民政策というのはまだまだ議題になっていない。しかし、世界史で稀な高齢化を迎える日本にとって避けられない問題だけに、今のフランスの状態に不安を抱く人は多いはずだ。人種問題ほど厄介な問題はない。総論賛成各論反対の典型だけに。
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(神無月壱拾日) 半落ち  

横山秀夫著 講談社文庫

本田美奈子が血液の癌である白血病で亡くなった。享年38歳、あまりにも若い死である。白血病に対して、骨髄バンクが創設されて何年になるのだろうか。しかし、この骨髄バンクのドナーに年齢制限があるのをご存知だろうか。今は55歳になっているが、以前は50歳まで、つまり51歳の誕生日前日までだった。

上記の小説の真相はこの年齢制限にあった。妻を殺し、自首するまでに2日間の空白を歌舞伎町に行ったらしいという疑惑の真相を決してしゃべらず、服役した元警部。取調べの志木指導官の彼に対する心遣いが最終章に溢れるこの作品は、警察小説というよりは、アルツハイマーや白血病という病気との戦いに揺れる人間心理をえがいたものでもある。

犯行を自供しながらも、「半落ち」という状態で裁判に臨み、警察と検察の妥協を絡んで、服役しながらもドナーとしての責務を全うしようとする男に対して、志木が移植を受けた少年を対面させたことで、自分の一人息子を白血病で失った悲しみとアルツハイマーの妻を求められたとはいえ殺してしまった悲しみを埋めてやりたいという心遣い。小説だからこそかもしれないが、ベストセラーになった所以かもしれない。
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(神無月九日) サラリーマンの夢  

アマ名人やアマ王将としてその世界では知られていた横浜のサラリーマン瀬川晶司氏がプロ編入試験に見事合格した。6番勝負の真剣勝負に3勝するという実に厳しい狭き門だった。戦後初の快挙、たしかにそうなんだが、将棋界の極端な閉鎖性というものも問題である。26歳までに4段にならなければ、奨励会を退会しなければならないという伝統は伝統して、止むを得ないのかもしれないが、奨励会から以外はプロ入りを認めないというのもどうかと思う。

このプロへの挑戦はサラリーマンの夢ということで、マスコミに取り上げられたが、サラリーマンとはそんなにも苦しい仕事なのだろうか。はたまた逆に、そんなにも安定が保証された収入システムなのだろうか。

しかし、好きなことを仕事にするということは楽しいことだろうか。「好きなことを持っている人」と「好きなことを仕事にしている人」の割合というものはどのくらいだろう。前者はほぼ100%だろうし、後者は10%ぐらいかな。でも今の仕事をやめたいと思った事はないという人はほとんど皆無ではないか。私の経験上、一度もないという人には会っていないのだから。
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