(長月参拾日) 南無大師遍照金剛  

この頭の片隅に埋もれていた言葉が覚醒させたのは、金剛杖を持ち、遍路姿のお年を召された方々の声だった。私が小さかった時、まだ舗装もしていなかった実家のそばの道を歩いているお遍路さんがいた。彼らは「南無大師遍照金剛」を唱え、うちの祖母はよくお布施をし接待していた。昔の四国、いや今もそうだと思うが、ごくありふれた風景であった。ただ、昔はみな徒歩で回っていたが、昨今は車でという決定的な違いはあるが。

10時に南海難波駅を出た特急「こうや」は快晴の泉南を駆け抜け、紀見峠を越え、橋本から終着駅「極楽橋」に90分余りで到着した。それからケーブルカーで高野山駅に一気に上がっていった。紅葉の時期とはいえ、まだまだ青葉が目立つ。しかし、今日など朝の気温は1度だったようだ。山の空気は冷たく、下界のそれとは全く異なり、別世界に来たようだ。世界遺産登録ということで、平日ではあるが、観光客が多く、奥の院に向かうバスは人で溢れていた。総本山金剛峯寺の近くで降りる。参道をスーツ姿で歩くのは私だけである。境内には外国人も多く、英語やドイツ語、そして中国語、タガログ語も聞こえてくる。

ふと見上げると真っ青な晩秋の空を飛行機が西から東へ飛んでいる。空気は澄んでいるせいか、いやにはっきり機体が見える。そんな空気の中、折角来たのだからと拝観料を支払って、ゆっくり見させていただいた。石庭に浮かぶ石が大師の故郷四国の産との表記を見ると、思わず故郷が思い出される。真言宗の総本山たる堂々たる姿を後にしながら、次来る時は雪がちらついている頃かと襟を立てながら、陽射しが長くなった影を浮かび上がらせる夕刻、山を後にするのだった。
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