(神無月参拾日) 就職EXPO  

愚息も大学三年生、そろそろ就職活動の時期になったようで、今日は大阪ドームで「毎日就職EXPO」が開催されるということで、出かけていったようだ。もうそんな歳になるんだと思うと、私が働けるのもあとどのくらいかと計算するのも少し寂しいものである。しかし、次男が高校二年生なので、こいつが大学を卒業するぐらいまでは何とか現役でと思っているが、こればかりはねえ。

1979年第二次オイルショックがまだ尾を引いていた当時、ようやく就職状況も好転し始めたのが、私の就職活動だった。あの時は色々事情があって、とりあえず金回りのいい企業というか、ゼミの先輩が大和證券にいて、この人に半ば騙されたというのが実情だった。(^0^)一応野村を目指していたが、大阪支店での面接は脂っこい地元関西の学生に圧倒され、田舎の国立大学生は意気消沈していた。その後、大和と山一を受け、先に決まった山一に内定を出してもらったのだが、君だけですからといわれたが、あとで7人も採っていたのには唖然とした。その頃から騙しのテクニックがあったとは思っていないが、ははは。当時の日興證券は中山社長の時で、NN戦争といわれたぐらい厳しいノルマで知られていたので、日興は敬遠されていたように覚えている。しかし、この世界、当時としては当り前だったのだが、どこも結構行儀悪い業界で、離職率もかなり高かった。死んだ伯母が「株屋」に入るのかと白い目でみていたし、(最も山一を辞める時は、なんで四大証券を辞めるのかといわれて、時代の変化を感じたが)入社する前と後ではえらい違うなというのが実感だった。

最近の就職活動はネットをフル活用し、情報が氾濫しているだけに、自分の入る会社というものがよく分かっているように思えるが、実際入ってみれば「話が違う」と思うことは多い。私がメリルリンチに転職した際に、上司から早くヘッドハンターから声をかけられるように頑張ってくださいといわれたことが昨日のように思い出す。結局、頼りになるのは自分のスキルだし、それをいかに向上させるかにかかっている。人生は長いようで短い。多少の失敗は仕方がないが、愚息が自分の仕事に誇りを持てるような職についてもらいたいというのが本音である。
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