(師走壱拾八日) 11年目の1・17  

ライブドアでもヒュ−ザーでも宮崎勤でもなく、私の1.17は5時46分の黙祷で始まった。あの日から11年となり小学校4年だった長男は就職活動をする大学3回生となり、娘も今年二十歳を迎える。幼稚園だった次男は親父に似たような体型になって今年は高校三年生になる、月日の流れるのはあまりにも早いが、あの朝の出来事だけは時間もしっかり記憶している。

真っ暗闇の中をマンションの階段を子供を抱えて降りていった。車のエンジンをかけラジオをつけると全国ニュースでは京都の震度を伝えていた。そんなものじゃないだろうというのが実感だった。近所の家もことごとく傾いて、皆不安な顔ばかりだった。そのときガスの匂いがして、思わず車のエンジンを切った。崩れ落ちた家の脇でガス管から異臭が漂ってきた。それからはこれからどうしようか、食べるものは、と何から手をつければいいのかと愚妻と顔を見合わせていた。遠くでは黒い煙が立ち込めていて火事もおこっているようだった。

8時過ぎに電気が通じたのでTVをつけて何がおこっているのか段々と分かってきた。TV報道が頼りの日々が続くが、報道の怖さを知ったのもこの地震からである。東京にいて神戸の街から立ち込める煙をみて、「温泉のようです」といったTBSの筑紫哲也の言葉が東京にいるキャスターの本音のような気がした。マスコミ嫌いの始まりだった。
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(師走壱拾七日) 報道その2  

車で営業に出ているときだった。午後4時のニュースでNHKがライブドアに東京地検特捜部が強制捜査に入ったと流した。思わず会社に電話して情報ベンダーを確認するとまだ報じていなかった。他のチャンネルにまわしても何もいっていないし、これはスクープかなと思ったが、頭をよぎったのは明日のヒュ−ザーの小島社長の証人喚問をぼかす国策捜査ではないのかということだった。

客先から帰って来ると時事やロイターでもがんがん報じていた。ちょうど地検が六本木ヒルズに入るときだったのだろうか。帰宅までの間の夕刊にライブドアはなく、夜のTVニュースはライブドア一色である。株式市場は新興市場が連騰につぐ連騰だけに明日の市場は大荒れになりそうだ。

しかし、NHKと日経がフライングしていたようだが、マスコミがすっぱ抜いたのでやむを得ず捜査開始となったことにしたのかな。そうなるとちょっと勘ぐりたくなるものだ。しかし、強制捜査のいつもの場面をマスコミは追っているが、本当は何があったのか、大本営発表に依らない独自の報道が出来るかどうかにかかっている。耐震強度偽造問題もそうであるが、ヒルズ族も含めて今をときめいている方々に云っておきたいことがある。

道徳なき経済は犯罪であり
経済なき道徳は寝言である
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(師走壱拾六日) 報道  

週末のマスコミを見ていると、現在、中国を訪問中の金正日を大騒ぎして伝えている。犯罪国家の独裁者を秘密撮りして彼らを喜ばしているだけの事実に何も感じないというのは、あの犯罪者を大物扱いしているだけに過ぎないということだ。

もともと北朝鮮政府には事実を伝える広報という発想がなく、金正日の動向は極秘にされているのではなく、あらかじめ公表されないのが常識ということだけだ。しかし、この訪問を受け入れている中国は人民日報では単なるベタ記事となっていることに日本のマスコミは気付くべきである。

大量の取材陣を広州に派遣して、どこへ行った、どこへ泊ったということを伝えることよりも。日本の経済制裁などお構いなしの中朝貿易の著しい増加傾向を調べた方がいいいいのではないか。あんな奴の一挙手一投足など無視するのに限るのだ。
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(師走壱拾五日 望) 冬の雨  

朝から窓を雨がたたいている。もう何ヶ月も感じたことのないような生暖かい風を感じる。テレビでは3月の気温といっている。雪国ではこの気温で雪崩が心配される。自然とは気ままな存在だ。コントロールなどかなわぬ力を感じるばかりである。

しかし、休日の雨というのは私にはちと不便なのである。特に今日のように時々強風の吹く日はよけい辛い。まずはクリーニング。先週今週分とやや多めのスーツとワイシャツを紙袋に詰めて、歩いてクリーニング店に向かう。まあ明日でもいいのでしょうが、土曜日はかなり割引が大きいので。ケチといわれようがこればかりはもったいないので小雨になってからにしたが、ははは。

しかし、雨は鬱陶しい。日頃の運動不足を解消しようにも部屋の中を行ったり来たりで、反ってストレスが溜まりそうだ。愚息のために料理を作ってやったが、これも帰って来るかどうかわからないしなあ。今週はあまりスポーツでもイベントがないようでちょっとつまらない週末かな。そうだ、風呂に入って本でも読むことにするか。
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(師走壱拾四日) Noblesse Oblige  

高貴なる責任とでも訳せばいいだろうか、今の日本に欠けている精神はこれだと思う。二極化が進む現在の日本において、階級制度はないが、貴族でなくても権力を与えられた者は率先して物事にあたらなければならないはずである。

英国のオックスフォードやケンブリッジ卒というのは階級社会であるこの国では特権階級である。第一次世界大戦でこの両大学の学生は大量に欧州の最前線に志願して出陣した。「特権を得ている人間だから国が必要としている時、第一番に危険な場に行く義務がある。」ということである。この大戦は塹壕戦が主体だった。学生出身の兵士は小部隊の隊長になって、突撃命令が下れば率先して出撃しなければならない。恐怖心を払って敵陣に向かっていったはずである。当然第一次大戦の両大学の戦死者は平均を大きく上回った。

「彼は少尉の如く生き、かつ死んだ。」というのはケネディ元米大統領の葬儀におけるドゴール仏大統領の言葉である。この少尉というのは階級ではなく、小隊長という意味であろう。あのベトナム戦争でもこの小隊長の戦死率が一番高かったはずである。

池田潔氏の「自由と規律」(岩波新書)を読んでいると、同じ島国とはいえ、イギリスと日本との差はどこから生まれるのかということを考えさせられ、結局はこの「Noblesse Oblige」に行き着くように感じた次第だ。

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(師走壱拾参日) 二枚重ね  

さすがに日帰りの出張は辛い。世間はまだ正月の挨拶回りだろう、なかなか商売のアポも難しく、本格的な仕事は来週からだろう。

昨日はしたたか飲んだので今日はおとなしく帰ろうと思って、会社の通用口を出たら同僚が電柱の影から顔を出す。なんや気持ち悪ウ。彼は今日まで飲んでいなくて今日は遅いし食べに行きませんかという。そこで、前から気になっていた「二枚重ね」の寿司屋へ行くことにする。この店、11月に出来た店でこの南海通りの寿司屋激戦区では最新参者である。市場ずし、赤垣屋、がんこと並ぶ通りで間口は狭くちょっと入りづらい。TVではよく紹介される「二枚重ね」だが、本店は大国町で支店は谷町にあっただけで、ここは二番目の店らしい。でもFC募集中とあるから、チェーン化を図っていくのでしょうなあ。

寿司は普通の寿司ネタの上にネタの半分くらいの切り身をのっけて、文字通り二枚重ねにしている。上は刺身として味わってもらい、下の寿司をその後にという一度で二度美味しいというまあグリコ的な感覚なのだろう。そこそこネタもこの近くの他店に負けないし、価格もそこそこだが、飲み物が高いかな。まあ。これで儲けないとネタ代が出ないということなのだろう。しかし、一階のカウンターは寿司やの雰囲気はあるが、ここは10人ぐらいで一杯で、二階のテーブル席や三階の座敷もあるのだが、雰囲気はちょっとどうかな、単なる居酒屋のようで店内も暗い。これでは先行きが危ないかな。
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(師走壱拾弐日) 東京  

集合研修のために上京する。連日の睡眠不足からか行きの新幹線の中では、あっという間に睡魔に襲われて爆睡状態。目覚めれば小田原を過ぎたところだった。しかし、日本海側の豪雪が深刻な災害をあたえているのというのに、何と云う快晴の空なんだ。この天気の下では、厳冬でGDPも上昇かというたわけた予想を出していた生命保険会社があったが、そんな能天気な予想も出せるのだろう。一度雪の中で執筆活動でもやったほうがいいのじゃないか。あれだけ人が死んでいるのに何の配慮もないというのは保険会社としての資質に欠けているのではないか。いやそれだから保険に入りましょうということなのかもしれない。

しかし久しぶりに東京に来ると、景色が変わっていることに驚くばかりだ。高いビルがどんどん出来て快適なオフィスを提供しているのだろうが、なにかこう計画性のなさが目立つばかりで、都市としての景観に相応しいとは思えない。民間に出来ることは民間にというのは原則として賛成だが、公共性として景観を維持するにはやはりある程度の規制が必要ではないだろうか。

さて、本日の本題はグループ会社での研修だったのだが、定員が25名程度の会議室に40名ちかくほり込まれて豚箱状態。これでもともな研修が出来るとは誰も思っていないだろうが、これが許認可の条件というのだから、普通の人は笑ってしまうのだろうが、これが金融界の常識でもある。まあ、時代が変わったので昔流行った特金を復活しましょうというのだが、どうだかねえ。

外を見ればもう真っ暗な5時半に終了し、急いで八重洲の「美少年」へ。毎度お馴染みのVERDEさんと牛熊の久保田さん、それと民営化が決まったSさんと久しぶりの飲み会である。みんなが来る前にぐいぐいやっていたら、結構出来上がってましたよ。相変わらず肴は美味いし、客の好みの日本酒を出してくれるのは変わっていませんなあ。早く東京に戻りたい気持ちがますます膨らんだ一日だった。
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