(師走廿五日) 集団ヒステリー  

大手マスコミを買収しようとしたことが許しがたかったのか、新聞やテレビでは常軌を逸したライブドア叩きが続いている。ただ単に「ドブに落ちた有名人は徹底的にいたぶる」という生来の性なのかもしれないが、それまで出演してもらうだけで、あるいはインタヴューに応じてもらえるだけで大ハシャギしていたくせに。

しかし、よく考えれば今回の容疑は起訴されても執行猶予がつくことがほぼ確実な「懲役5年以下」の経済事件である。罪刑法定主義に基づき厳正に裁かれるべきであるが、その前にリーク合戦となり、検察情報の垂れ流し状態が続いていることには吐き気をもよおす。

そもそもライブドアが行なったことは「嘘をついた」ことである。しかし、この嘘というのは、これまでの日本企業の歴史にはいくらでもあった。最近で云えば金融機関の不良債権問題であり、闇の巨額の資金が流れたのは周知の事実である。

だいたい検察は世論に迎合的である。しかし、それでないと彼らとして生きていく道はない。日本の検察は世界で最も権力を肥大させた捜査機関であり、他の国では逮捕されたぐらいでは平気なのに、日本ではマスコミが検察の言いなりの情報を流すので容疑者は一巻の終わりである。検察は起訴権限を100%独占しているだけでなく捜査権限までもっている。警察の暴走に対しては、日本ではかろうじてマスコミや検察がチェックをかけられるが、検察の暴走をチェックできるところは存在しない。その大切な役割を、昨今のマスコミは担おうとせず、リーク情報の「いただきます」合戦に終始するばかりだ。検察は、次席検事を通じてクラブ所属記者に毎日エサを与えて完全にコントロールする習慣を廃し、「どのような容疑で強制捜査や逮捕に踏み切ったのか」を国民に堂々と直接説明すべきであり、本当に必要なら粛々と起訴すべきである。
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(師走廿四日 下弦 八専始) 店じまい  

店じまいといっても、今晩逮捕されたライブドアの堀江貴文のことではない。私が働いている大阪の難波には、毎日が「店じまい」という店がある。いわゆるバッタ屋である。昼前頃から店をあけ夜の9、10時頃に本当の店じまいをしている。このあたりは、歌舞伎座や吉本のNGKがあるため、おばちゃんの団体がこれらの店の前を通るのである。そこへマイクで「どれでも1000円!でも今日は二つで1000円だよ〜」と若い兄ちゃんが声をあげれば、どれどれと見たくなるのが人情というものである。まあ二束三文で仕入れたものですから、いくらで売ろうが利益は出るはずである。そこへ「本当にお世話になりました。今日で店じまいです。」と連呼されれば何か買おうかとつい思ってしまう。そんな人間心理につけこんだズルい商売だといっても、毎日それを見ている者がいちいち「店じまいなんて嘘だろう」と文句を云ったりはしない。まあカワイイ嘘だからこそ許されるのかもしれないし、血気盛んな江戸っ子だったら怒るかもしれないが、大阪人はなんとも思っていないのだ。

しかし、そんなバッタ屋にも掘り出し物はある。人が少ない時に物色していると時たまそんなものが見つかるから、この手の店は面白い。大勢の人が店頭に群がっている時はこれを無視して通り過ぎればいいし、ゆっくり選べる時間があるときの冷やかしで覗いてみればいいのである。これはちょっと株式の銘柄選択にも似たところがあるのではないか。
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(師走廿参日) プリオン説はほんとうか?  

福岡伸一著 講談社ブルーバックス

昨日の日記のなかのプリオンについて詳しく書かれている本である。福岡氏は京大卒、アメリカのロックフェラー大学及びハーバード大学医学部で研究員、京大助教授を経て、青学理工学部に新設された化学・生命科学科教授で、分子生物学の専門家である。福岡氏については詳しくないので彼が今までどのような研究の実績を残しているのかは知らない。たまたま、文春新書の「もう牛を食べても安心か」を読んだことがあるので記憶しているだけである。

彼はプリオンという遺伝子をもたない蛋白質が感染・増殖して新しい病気を発症するというノーベル賞まで取っている説に対して、ウイルスが原因ではないかと疑っている研究者である。しかし、その実証は今だ未完成で、本来は科学者は研究論文で勝負するのが本筋で、本書のように問題点の提示と仮説だけを示唆する一般書を書くのは邪道という向きもあろう。しかし、小泉政権がアメリカとの関係だけで決定したような牛肉輸入が一ヶ月余りで破綻してしまう有様を見れば、もう少しこの問題に関心をもってもいいのではないかと紹介する。

福岡氏に依れば、プリオン説は「too good to be true」(出来すぎた)な仮説だと大学院生の時に感じたらしい。プリオン説にとって強力に支持する証拠が、この病気のあるところに異常型プリオン蛋白質が存在するという点である。しかし、それが病原体であると断定されたわけではなく、わかっていないところが多いくらいだ。そこでプリオン説は説明できない現象が現れるたびに新たなメカニズムや因子を想定しようとしている。そもそも、ある少数の原理から多数の現象を説明しうることが科学的仮説の特性ではないか。

先日のES細胞の韓国の有名教授の捏造事件も嘘で固められたものだった。科学による解明というものは時間のかかるものである。拙速な科学者の暴走は人々を不幸にするばかりだ。C型肝炎ウイルスもその発見までには紆余曲折があったことを思い出してほしい。迅速に結論を出さなければならない問題と時間をかけなければならない問題の峻別を当局は厳しく判断すべきである。
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(師走廿弐日) BSE問題  

つい先日再開された米国産牛肉の輸入だが、昨日農水省が成田の検疫で危険部位である脊柱が混入していたことが判明し、再び輸入禁止となった。スーパーの店頭では米国産の牛肉が撤去されるなど、ビジネスの上でもてんやわんやだ。

ところで、このBSE問題だが、不死身の病原体ともいわれるプリオン、タンパク性感染性粒子が発症原因とされている。ノーベル賞も受賞したスタイリー・プルシナーが命名者である。発表時には異端説として、この仮説は批判されてきたが、このプリオン犯人説に合致するような実験データが続々と集まりだしてきて、多くの研究者がプリオン説を支持している。しかし、このプリオンが直接病原体そのものであることを直接証明する実験結果は何一つないことも事実である。

プリオンが病気の発症と進行に関わっていることは紛れもない事実ではあるが、異常型プリオンが病原体そのものかどうか不明であれば、真犯人が別に存在する可能性もあるわけである。危険部位を除けば安全であるということは、まだまだ断定できないというのが本当のところではないだろうか。
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(師走廿壱日 大寒) 量的緩和政策  

日銀の決定会合が終了し、福井日銀総裁は量的緩和解除後のシナリオを記者会見で述べている。この量的緩和政策に政府の一部から異論が出ているのは報道の通りだが、この日銀干渉とも云うべきものに対して批判も多いはずだ。以前速水総裁時にゼロ金利解除を行い、その後の経済失速を招いたことが、政府による日銀不信があるのだろうが、デフレ脱却に目処のついた現在、1980年代にバブルを生んだ金融政策を日銀に強いるのはやはりおかしい。97−98年に銀行が倒産した局面では、ゼロ金利や量的緩和はカンフル剤の役目を果した。でも今や上場企業の3割は実質無借金である。量的緩和は過剰流動性を生み、再び資産バブルを生み出す可能性が出てきたのは明らかである。

政府と日銀が協調してなぜいけないのかという意見もあるだろうが、そのために日銀法の改正をちらつかせるなど、もってのほかである。中央銀行の独立性が今まで以上に尊重されている世界の潮流に逆行するものでもある。FEBによる2004年6月以来の政策金利の上昇に対して、米政府は余計な口出しを一切しなかった。長い目でみて持続的な成長に役立つと考えているからであり、先進国の経済運営というものである。

構造改革に日銀も協力すべきだというが、今更歳出削減か消費税引き上げかと論じていること自体、小泉政権下の4年間に政府の改革が進まなかった証拠でもある。デフレ脱却は企業の自助努力の成果である。過剰債務を背負った企業も残っているが、量的緩和がなければ立ち行かない企業の温存こそ構造改革に逆行する。小泉政権は構造改革を旗印に総選挙に勝利したはずである。バブルのリスクを冒してまで過剰流動性を続けることはないはずだ。

緊急避難の政策が普通と思うことこそ異常事態ではないだろうか。
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(師走廿日) 矢沢永吉  

新聞のスクラップをしていたら、元旦の記事に矢沢永吉が特集されていた。「リッチになりたい」「サクセスしたい」「いい車に乗りたい」とぎらぎらして活躍したのは凡そ30年前だっただろうか。独立する前の「キャロル」を見て興奮した自分の姿を覚えているのだから、当時の私に与えた影響は大きかった。

その矢沢がバブルの頃、オーストラリアの投資で詐欺事件の被害にあって35億円の借金を負った。それを完済したのが2年前。

〜それまで「リッチになりたい」「サクセスしたい」「いい車に乗りたい」と思っていたが、人は一日三回しかご飯食べれないんだ、大金持ちでもそうじゃなくても。酒を飲めば銀座でもどこでも酔うんだとわかった。そりゃ家一軒はあった方がいい、子供を大学にいかせるくらいの余裕はほしい。でも必要なのはこれくらい。それ以上のカネはカンフォタブルじゃない。マネーゲームでぼんぼん稼いでいるヤツに「お前、本当にハッピーなの」と聞きたいよ。〜

そんな「お前、本当にハッピーなの」という一人の堀江貴文に家宅捜索が入った。この国では家宅捜索を受けるとマスコミは当局の発表を垂れ流すだけだから、証券取引法違反といえども実刑判決はまずは下りないのに、「見せしめ」として糾弾され続けるはずである。
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(師走壱拾九日) 東証ショック  

証券取引所の役割は市場に流動性を供給することである。いつでも売却できるという安心感があるからこそ、リスクの高い株式にも投資してみようという投資家がいるわけである。その取引所が根本的な役目を放棄すれば、参加者はあわてて売買をせざるをえない。本日の後場の急落はライブドアショックというよりも東証ショックそのものである。

NY証券取引所は東証の5倍の取引数があっても平気なシステムだ。これは東証のようなメインフレーム方式でなく、分散式のサーバー型という最新式のシステムに日々更新しているから適時容量の増大が可能になっているからである。流動性の確保ということを考えれば、リスクの多いメインフレーム方式からの変更が当り前だと思うが、コストのことを考えればインドのソフト会社にでもアウトソーイングすれば簡単だろうが、元東芝会長が社長の東証ではそんな考え方はないだろうなあ。

しかし、日本の取引所は堂島以来の伝統があるので、優れた仕組みを開発してきた。板寄せという仕組みはその一例である。1銘柄に注文が殺到した場合は、一時的にその銘柄の注文を止めて、集中した注文を付き合せて価格的に優先順位の高いものから対当させながら、数量的に合致する値段を求め、その値段を単一の約定値段として売買契約を締結させてきた。つまり始値と終値を決めている方法である。このシステムがあったがために、一時に大量の注文が寄せられても取引所は難なくこなすことが出来たのである。この優れたシステムを東証はこともあろうに平成10年8月24日に廃止してしまったのである。

要は昔の優れた制度を古いからと捨て、新しいシステムへの更新を怠ってきたのが東京証券取引所という組織なのである。

PS:今日の東証はいわゆるザラ場引けになっているので、引け値で売ることも出来ませんでしたし、3時に終了しなかったことから、仕組み債等の価格判定にも大きな影響を与えたはずである。
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