(師走廿壱日 大寒) 量的緩和政策  

日銀の決定会合が終了し、福井日銀総裁は量的緩和解除後のシナリオを記者会見で述べている。この量的緩和政策に政府の一部から異論が出ているのは報道の通りだが、この日銀干渉とも云うべきものに対して批判も多いはずだ。以前速水総裁時にゼロ金利解除を行い、その後の経済失速を招いたことが、政府による日銀不信があるのだろうが、デフレ脱却に目処のついた現在、1980年代にバブルを生んだ金融政策を日銀に強いるのはやはりおかしい。97−98年に銀行が倒産した局面では、ゼロ金利や量的緩和はカンフル剤の役目を果した。でも今や上場企業の3割は実質無借金である。量的緩和は過剰流動性を生み、再び資産バブルを生み出す可能性が出てきたのは明らかである。

政府と日銀が協調してなぜいけないのかという意見もあるだろうが、そのために日銀法の改正をちらつかせるなど、もってのほかである。中央銀行の独立性が今まで以上に尊重されている世界の潮流に逆行するものでもある。FEBによる2004年6月以来の政策金利の上昇に対して、米政府は余計な口出しを一切しなかった。長い目でみて持続的な成長に役立つと考えているからであり、先進国の経済運営というものである。

構造改革に日銀も協力すべきだというが、今更歳出削減か消費税引き上げかと論じていること自体、小泉政権下の4年間に政府の改革が進まなかった証拠でもある。デフレ脱却は企業の自助努力の成果である。過剰債務を背負った企業も残っているが、量的緩和がなければ立ち行かない企業の温存こそ構造改革に逆行する。小泉政権は構造改革を旗印に総選挙に勝利したはずである。バブルのリスクを冒してまで過剰流動性を続けることはないはずだ。

緊急避難の政策が普通と思うことこそ異常事態ではないだろうか。
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