(睦月廿弐日 雨水) 本多静六  

本多静六は父親の急死で少年時代は貧乏を極めたが、のちに林学の徒となり、明治神宮や日比谷公園などを設計し国立公園の生みの親として知られている。(一般的でもないか。)昭和25年に刊行された『私の財産告白』(実業之日本社)が先頃新装版として同社から復刻されたので、注目されているのではないだろうか。しかし、それは巨大な財産をなした人としての注目かもしれない。でもその独特の蓄財法(どんなに貧しくても定期収入の4分の1と臨時収入の全額を強引に預金してゆく)と専門性を活用した投資(山林や山地や株式への投資)で、2万円を5000万円にした経過は「嫌味なく」語られているのである。

今時の成金社長と決定的に違うのは実に謙虚ということである。儲けた巨額の財のほとんど総てをいとも簡単に、そして何度も寄付している。富に対する執着がないのは、その少年時代の貧困を考えれば、その人格には驚嘆する。ちなみにその語録を並べてみる。

「失敗は社会大学における必須科目である。私はこの大切な課程を経たものでなければ、本当に成功(卒業)ということにはないと考えている。(中略)私は一緒に事業を企て、仕事を始める場合、その友人がいままでどんな失敗をしたかをまず知る必要があると思う。」
失敗をしたことがないと豪語する楽天の三木谷社長よりも釈放後に変化するかもしれない堀江に期待したいのはこの点かもしれない。

「金儲けは理屈ではなくて実際である。計画ではなくて努力である。予算ではなくて結果である。」

「人生の最大幸福は職業の道楽化にある。富も名誉も美衣美食も職業道楽の愉快さには比するべきもない。(中略)職業を道楽化する方法はただ一つ勉強に存する。」

また別の本で以下のような人生訓を述べている。

25歳から40歳までは、与えられた仕事に徹底精進し、一身一家の独立安定の基礎を築くこと。40歳から60歳までは専門性を活かして社会に尽くすこと。60歳から70歳までは周囲に恩返しをすること。運良く70歳以上まで生きられた場合は山紫水明の温泉郷で晴耕雨読を楽しもう。

そうした人生を可能にするためには広く万巻の書物を読み現実に学び続けるほかはないと本多静六は結んでいる。

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