(如月壱拾七日) 久世光彦  

今月初めに久世光彦氏が亡くなった。私はコンビニで週刊誌の立ち読みをよくするが、文春の小林信彦氏と新潮の久世光彦氏のコラムがその目的の一つである。その新潮のコラムは彼の死をもって連載最終回となった、この「大遺言書」は森繁久弥が語り久世が書き手という構成である。その最終回で3年前に亡くなった山本夏彦さんのことが書かれてある。

雑誌「室内」の休刊から書き始めているが、『何でもいつかは終わります。』というのが口癖だった山本夏彦氏の終わりの美学を称えているが、当のご本人が終わりを迎えられるというのは絶筆に相応しいということだろうか。山本夏彦の本では「百年分を一時間で」(文春文庫)が思い出されるが、彼ほど慧眼という言葉が似合う人はいなかったと思う。彼が認める人は今の時代にはなかなかいないが、久世光彦は数少ないその一人である。

文春のずいぶん前の号にこんな文章があった。
「今、人に知己が得られないなら故人にそれを求めるしかない。少年の私は故人の紹介で、有名無名の故人と知り合った。私は私を半分死んだ人と言ったら、久世光彦さんは丸ごと死んだ人だと言った。」二人とも故人となった。
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