(卯月参日) 終日○○  

体調がイマイチ。目覚めはよくないし、頭が少々ズキズキ。とはいえ、午前中は買い物を済ませ、なんとか冷蔵庫を空にするのは免れた。まあほとんどが
愚息のためだが、今日の件もあるしね。

しかし、午後からは横になっているとほとんど起きられず、ついふとふととなる。とはいえ熟睡するわけでもなく、何となく頭が重くなるという繰り返しが続き、あっという間に外は暗くなっていた。なんとももったいない一日が過ぎていった。

明日明後日と二日会社に行けば五連休となる。そんなカレンダーが身体を怠けさせているのかもしれない。
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(卯月弐日 みどりの日) GW  

GWスタートといって、いつも成田や関空がTVのニュースになるというのはぼちぼち止めたほうがいいのではないか。休みの体制なので取材陣が少ないので、無難な話題でまとめようというのは分かるけど、毎度毎度のことで飽きてしまっていることにTV局も自覚した方がいい。

しかし飲みすぎのせいか寝起きの頭がイタタ状態。さらに爆睡していたせいか、携帯が鳴ったのに気付かず。これが不幸の始まり。実は最近家の周りで不審者がいるようで用心のためチェーンをかけているのだが、愚息が帰ってくるのを忘れていた。メールで漫画喫茶で朝まで過ごすとあった。申し訳ない事をしてしまった。当分頭が上がらないなあ。


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(卯月壱日 朔) 社員サロン  

ある会社に転職された方からお誘いがあって、本町で食事をすることになった。その方の会社はある大手企業の関連会社で、近くに社員専用のサロンがあって(いわゆる○○倶楽部である)格安で食事が出来るというのである。

入口で署名して(いいのかなあ、仮名なのに)案内されるとホテルのラウンジのような雰囲気だった。まずはビールを注文して料理のメニューをみる。えぇ!こんなに安いの!そういえば東京にいたとき、勤めている会社の階下でNTT社員用のサロンがあったが、ここは他の会社でもOKだった。しかし、料理もほどほどに美味しくて、二人で焼酎のボトルを一本空けて(まあ、ほとんど私が飲んでいましたが)しまった。結構酔いが廻ってきてお開きにしましたが、会計は予想通りの安さでした。

しかし、このサロン、秋には閉鎖になるようです。最近こうした福利厚生というのはアウトソーシングされている。こうした古い伝統というのもなくなっているのだろうか。総務もリストラしてますというには、格好の材料になりそうですしね。○○ガスの話です。 
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(弥生参拾日) 泉南へのドライブ  

仕事で泉南に向かう。阪神高速湾岸線で堺の工場群を抜け、関西空港まであとわずかという「りんくうタウン」で降りて、目指す会社に向かう。上場を目指す会社といってもまだまだ先の話なので、今は足元の内部管理体制の重要性についてアレコレ。

しかしいい天気でとても仕事をする気になれない。とはいえサボるわけにもいかず、今度は阪和道で和泉市へ。ここのインターを降りたところに「テクノステージ」という地名があるが、大阪市内の中小企業のうちで先端技術を担っている工場群が立ち並んでいる。工場といってもほとんどがオフィスビルのようで、シリコンバレーの小型版である。将来はここから日本を代表する企業が出てくるかもしれない。この中の一社にお邪魔するが、業績も順調のようで自信が顔に溢れている。

最後は泉大津のお客さんと懇談。長い付き合いになるが、その温厚な性格には頭が下がる。こちらの能力の不備を責めるわけでもなく、淡々と自論を述べられる。二代目とはいえ、事業を拡張し厳しい業界のなかで世話役もされており、その精力さには感服するばかりだ。

たまにはドライブがてら、こうした会社を訪問するのは楽しいものである。
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(弥生廿九日) 神の火  

チェルノブイリ原子力発電所4号機で爆発事故が起きたのは1986年4月26日。今から20年前のことである。しかし情報が世界に公表されたのは発生から3日目である。住民の避難は遅れ、放射線被害の特効薬になると信じて、ウクライナのキエフ市民が酒屋にウォッカを求めて殺到したという。広島型500発分の放射能にはなす術もなかったはずなのに。

原子力という「神の火」をテーマにしたのは高村薫の小説だったが、主人公は旧ソ連のスパイ活動をしていた。そのソ連の秘密主義がチェルノブイリの被害を大きくしたのは云うまでもない。ギリシャ神話のプロメテウスは「神の火」を盗み、怒った最高神ゼウスは人間世界に災いの種をまいたという。秘密主義を廃し、人命を最優先することがチェルノブイリの永遠の教訓である。
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(弥生廿八日) 21世紀のリターン  

偉大な投資家と知られるバフェット氏の年次報告を読んでいた。それによるとNYダウ平均は20世紀を通して、65.73から11497.12まで上昇している。これを年換算すると5.3%になる。もちろん投資家はこれ以外に配当を手にしている。とはいえ、100年投資できた人間もいないのも事実だろう。

21世紀を通じてどうようの収益を手にするには、ダウ平均は2099年12月31日までに、2011011.23まで上昇する必要がある。しかし、21世紀に入って6年経つが、ダウ平均は全く上昇していない。世の中リターンをえるのも難しいことということか。

かのニュートンも南海バブルで大損して、後日談としてこう語っている。
「私は星の動きを計算することは出来るが、人々の狂気を計算することは出来ない。」
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(弥生廿七日) 同じ新聞社だが  

先日読売新聞の編集手帳を評価したが、夕刊のコラムである「よみうり寸評」ではこけてしまった。もう10日前ぐらいのアイフルの取立て騒ぎの件である。以下引用

《〈正体見たり〉――消費者金融大手・アイフルの全店業務停止処分にそう思った。ペット犬チワワの愛くるしいCMとあこぎな取り立ての落差は大きい◆〈最近不愉快なことはテレビCMに高金利の消費者金融の広告が堂々と流れていること〉与謝野金融相がそう言った。全く同感。苦々しく思っていた人は少なくあるまい◆〔中略〕◆ベニスの商人や金色夜叉(こんじきやしゃ)の昔から高利貸しは怖く、借金は恥ずべきものだった。今はチワワや女性の笑顔が消費者金融のイメージ作戦。無人の機械からも気軽に借りられる◆が、キャッシングなどと言い換えても借金は借金。〈高金利、過剰融資、過酷な取り立て〉の3点セットが多重債務を招く。誘いのCMを加えれば4点。〈貸すも親切、貸さぬも親切〉――金融の金言も今いずこのようだ◆借金の小舟は消費者金融からヤミ金融へと流れ、金利の波は下流ほど高く舟は沈む。》(「読売新聞」2006年4月15日夕刊)

そもそも新聞社もテレビ局と同様に、広告に大きく依存しているのではなかっか。あやしげな健康食品を大新聞が広告塔になって、詐欺の一端を担ってきたことをお忘れか。それにいつから読売新聞だけが、読者に借金を勧めなくなったと言うのだろうか。それなら政府の借金にも論陣を張ってほしいよなあ。一般市民だって借金無しの生活では住宅なんか買えませんよ。読売新聞と日本テレビは「同じ穴」の会社なんだし。新聞にテレビを笑う資格などない。論説委員もいろいろいるという証明でもある。
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