(水無月廿弐日 海の日) コストカット  

 鳥取県知事の片山善博氏といえば、前回の知事選で無投票当選したように圧倒的に県民の支持が高い方ですし、国に対しても決然とした態度を取っていることは好感されている。ある月刊誌に片山氏の対談が掲載されていて、興味深く読んだ。

《補助金を廃止すれば、補助金を配る公務員のリストラにもなる。国も地方も相当スリム化できるということです。ところが政府は、補助金ではなく義務教育費の国庫負担を削ったんです。〔中略〕結局、最近の改革は全部、理念とスローガンはいいんだけど、政府のお役人が自分たちに都合のいいように捻じ曲げて結論を変えてしまっている。〔中略、ただし、やり方によっては改善できるところはいくらでもある。〕たとえば、コピー機のリース代が民間よりかなり高かったんです。課ごとに違う業者と、しかも1台ずつ1年単位の契約をしてたんです。〔すべて単年度〕予算の関係で複数年契約ができないというわけです。〔中略〕そこで、構造改革特区で出したんです。そうしたら、複数年契約ができるようになった。去年の4月に早速140台まとめて入札に出したんですが、23%になりました。》

23%の減少ではない。リース料が23%に下がったのである。つまり、77%の削減が可能になったのである。他の自治体や官庁では、今でもこういうことを平気でやっているわけだし、こうした行政の怠慢を指摘できるトップを戴かないと、この国は官の横暴で滅びるということだ。
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(水無月廿壱日) 距離感  

北朝鮮のミサイル問題にはあまり関心がなかった欧州各国もイスラエルとレバノンの事実上の戦争状態には敏感である。ヒズボラの後ろにはイランがいるし、緊張状態が続くわけだ。しかし、このミサイルが飛び交う国境地帯のゴラン高原には平和維持部隊として自衛隊員が派遣されていることをどれぐらいの日本人が認識しているのだろうか。

資源もないもない北朝鮮と石油を抱える中東の紛争とでは世界に与える影響が全然違うというのが各国の思惑だろうし、欧州に近いという距離感が問題への関心の高さを裏付けている。所詮欧州にとって極東は今だ遠い世界なのだろう。
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(水無月廿日) 三連休  

三連休ということで広島へ。昨夜というか午前様でゲロゲロなのだが、4時半に起きて、溜まっていた洗濯物を洗って屋上に干してから、西宮駅に向かう。始発には間に合わないが6:25の博多行きに乗れば広島には8時には着く。それまではバタンQだ。

いつものように大好きなビデオを借りに来た娘はうきうきしており、たまに帰る父親など関係なくマイペースである。宇品の近くのジャスコに寄っておもちゃ売り場と本屋さんを堪能すれば、最後はKFCで〆である。自分も夏物衣料をいくつか買う、最近リバウンドした結果なので少々情けないが。

今日は高速を通らず、海岸線の31号線をのんびりと車を走らせる。途中、海猿で有名になった海上保安大学校や大和ミュージアムの横目に見ると、三連休とあって観光客も多いようだ。今日は娘の希望で、この大和ミュージアムの近くにあるイズミにも立寄る。これに島のスーパーにも寄るのだから娘にとっては最高の日である。まあ、のんびりと三連休だが、途中姉から電話があって、年老いた父親の検査で癌の疑いはなくなったという。先日交通事故を起こしたばかりだったので、この結果には安堵した。
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(水無月壱拾九日) フランスの苦悩  

ジダンをシラクがかばったのは、その移民政策の正当性を自画自賛するためだろうし、へたに移民連中を刺激すれば何にもしなかった自分の大統領時代に大きな汚点を残すことを気にしたせいではないか。しかし、TVでジダンが暴力をある程度肯定したことで、政府当局は口を閉ざしているように見える。暴力を正当化すれば、先頃の学生の大規模デモを思い出すが、あれ以上の暴動も起こることを懸念したせいだろう。フランス当局にとって、ジダンは両刃の刃なのである。今日はフランス革命記念日か。
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(水無月壱拾八日) 中元  

今日から九段の靖国神社では「御霊祭」が行なわれているはずである。7月13日といえばお盆の迎え火だから仕方がないのだが、このような神事は陰暦ですればいいのに東京の暦とは辛いものである。

家に帰ると東京の知人から中元のお礼の葉書がきていた。全国の百貨店が6月からお中元のセールを始めるのは東京圏の7月初旬に間に合わせるためだが、関西は月遅れのお盆に合わせるのが普通だから、早いところで7月下旬、多くは8月に入ってからが当たり前だったが、最近は結構早くなっているようだ。新地からの中元はほとんどが東京時間である。まあ。これは商売用だから関東、関西と分けるのが面倒なのだろうが、ここで細かい気配りをすれば、関西のお父さんはまた新地を目指すのでないか。ははは。
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(水無月壱拾七日) 中堅ゼネコンの真相  

三重県の水谷建設といってもほとんどの人が知らなかっただろうが、最近この報道ぶりには当初驚かされたが、その実態が明らかにされるにしたがって、次期政権の北朝鮮強硬主義の発端が垣間見えるようだ。特に福島県知事の親族との不正土地取引による裏金作りが、その周辺にいる政治家に流れたのだろうか。そして北朝鮮ルートはあの変なNPO団体のレインボーブリッジである。京都の元幹事長には裏政治献金がこの水谷ルートで流れていたという観測もある。

いずれにしても政界の夏の陣は、主が最後の外遊であほなパフォーマンスをしている間に、既に始まっているということだ。
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(水無月壱拾六日 望) 勉強と教育  

父親の体罰にキレて家に放火し、義母と義妹弟を焼死させた高校一年生は「幼稚園の時から父親の監視下で長時間勉強させられ辛かった。皆と同じように遊びたかった。」と報じられている。ゴルフの横峯やボクシングの亀田であれば許されることが、こと勉強ということになると、親はスパルタになってはいけない、ということだろうか。なにかおかしいのではないか。犯罪というのは結果に対して責任がもてるかどうかである。死んだ者がいる限り、加害者は自己弁護になりやすい。これは人間である以上仕方がないことだし、ましてや高校生であれば、その未熟さは否めない。

勉強という言葉に重苦しさがあるのは仕方がないことで、楽しい勉強だけだというのはよっぽど頭のいい奴だけだろう。凡人はそうはいかない。しかし、苦しんで苦しんで見事解答が頭に浮かんだ時ほど痛快なことはない。確かに勉強と努力が同じように使われる。しかし、それは頭の勉強だけではないはずだ。努力をしなければ勉強の成果は上がらないというふうに使われるが、最後まで苦痛の努力をするわけでもないだろう。先程の繰り返しになるが、どこかで面白くなる時があるはずである。全ての勉強が嫌ではなく、どれか一つは興味のある分野があるはずだ。どれもこれもが美味しい食材である方がおかしい。

不得意科目を克服することは難しいし、努力ばかりするというのもつらいものだ。では、それはそこそこで、得意の科目を伸ばせばマイナスを埋めるプラスが生じるはずである。それをいかに自分で納得させるかが、そいつの器量というものだ。好きなことを寝ることも忘れて、時間も忘れて集中して楽しむことが自分の人生を豊かにするし、それは不可能なことではない。ただ、楽してそれは得られない。

奈良の高校生には嘆願書が1500通も来ていると弁護士は言う。しかし、犯罪は犯罪である。殺されてもいい人間が義母と義妹弟だったかどうか、彼はその罪を償う義務がある。過程ではいくらでも人は「こいつ、殺してやりたい。」と思うときはあるだろう。しかし、それを実行すればただの犯罪者である。人に情けをかけることは必要だが、必要以上の同情は彼の人生を狂わすもとである。

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