(閏文月八日) 歓送迎会  

去る者がいれば来る者がいる。同じ独身とはいえ性格は正反対のようで、Wさんはちょっとおとなしくて、ネクラとまではいかないが、ちょっと性格的には付き合いにくいかなあ。まあ誰でも最初からモード全開とはいかないだろうが、退社する時ぐらいは回りに声をかけてもいいんじゃないの。何となく人付き合いが苦手のようで、偏見かもしれないが、これが40代に入っても独身の理由なのかもしれない。

前の私のときはまだ支店も儲かっていた?ので、近くの居酒屋でおこなわれたが、今日は経費削減で支店の狭い会議室での歓送迎会となった。人望の厚いIさんには特に若手からのお礼の声が多く慕われていたようだ。しかし周りに目を向けると、中途採用も含めてここ1年2年の間に入社した者が圧倒的に多い。リストラが極度に進んだ証券界は、数年前からの業績回復で人材不足に陥っており、人材確保は大変だが、その新人教育はコンプラ問題もあってなかなか進んでいないのが現状である。現場は即戦力が欲しいのだが、人事はそんなことはお構いなく数だけ補充しようとして、現場に責任を押し付けるというのが実情であり、営業責任者の頭は痛い。

ほとんどの者が二次会のカラオケへ。おじさんは最近の歌が分からなくて少々困惑気味。たしかに世代のギャップを感じる時でもある。三次会は有志だけで近くのラウンジへ。来春淀屋橋の生保に就職予定の女子学生が「初任給少ないので卒業までにアルバイトして稼がなくちゃ」と他愛無くしゃべるのも聞いていて、自分の子供と同じ世代が社会人になるという実感をこれまた感じ、更にその後も行こうとする同僚を尻目に雨がそぼ降る尼の町を後にする。疲れた。
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(閏文月七日) それってホメことば?  

ただいま同居している愚息は紀州白浜へテニス部の合宿へ行っている。週末に戻る予定なので、親父は気ままに過ごしているが、なにげに酒ばかりで一向にダイエットもままならない。ところで、愚息もよく使う「なにげに」だが、今の若者は「結構」という意味でよく使っているようだ。「なにげに上手いねえ」などと言われると、それってホメことば?と思っていたら、やはり世の中にはおかしいという者がいて、しかもNHK「みんなのうた」で歌っているではないか。しかもこれが全員NHKのアナウンサーという。

メインボーカルは梅津さんというおじさんアナウンサー。これに入社数年の若手のアナウンサーがバックで歌って演奏しているらしい。さわりの部分をきいたことはあるが、娘と一緒に寿司を食べに行ったら、「これフツーに美味しいよ」これってホメことば?など日本語の乱れをさりげなく披露している。今度ゆっくり聞いてみるか。
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(閏文月六日) ハンカチ王子  

一躍ヒーローになった早実の斎藤佑樹投手をはじめ高校野球のエリート達がアメリカに旅たった。しかし、彼らは選ばれたヒーローであり、中学や高校の部活を通じて1度も練習試合にさえ出してもらえない部員たちも全国に大勢いる。彼らは予選や甲子園でもユニフォームを着てスタンドから応援するために野球をやってきたわけではない。トップに立つ選手の背後に、その数万倍もの「そうではない」球児たちがいる。

スポーツエリートと違って受験勉強での奮戦を期待されている子供達はそのキャパシティから、親から見ればリスクの少ないものである。しかし、夢を持っているのは小学校からMLBという目標があった斎藤のように何かを目指している少年少女たちだろう。もちろん受験勉強を目指す子供達に夢がないというのでもない。しかし、人とちょっと違う道を目指すことに対して、総論としては知り合いの親たちも賛成してくれるが、各論におよぶと、例えば現実に子どもが牧場で働きたいと願ったときに、農業高校への進学に諸手を挙げて協力する親が、この国にはほとんどいない。

一方で、プロ棋士試験に合格したサラリーマンに共感する我々がいるように、ある種の憧れを持つのもまた自然である。感動するときも諦めるときも、私たちはいつも「具体的」である。けれども目指すものは、たいてい「抽象的」である。だから、夢を追いかけることに対しても、総論賛成・各論反対に陥りやすいのである。世界の子供達に比べて、夢がないといわれる日本人は、現実ということを意識しすぎているのかもしれない。
 
ただ私自身は、ずっと夢をもち続け、今でも追いかけ、夢を諦めない人間でありたいと50を過ぎても夢見る親父でありたい。
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(閏文月五日) 人事異動  

私が異動になったのは5月末。それから3ヶ月経って当支店でも移動があり、管理職のIさんが東北の支店に異動になった。彼も中途入社で3年経過という私の経歴とほぼ同じである。ただ、独身ということで人事部も動かし易かったのかな。なにせ、尼崎から福島まで新幹線で乗り継いで5時間だもんね。

でも引継相手は全国でも成績上位の営業マンでそれだけIさんが期待されているということだろう。少々動揺の色を見せている彼を囲んで一席をもうける。馴染みの店で組み明かす酒はいつもとは違い、彼がいなくなる寂しさと任地での活躍とで話が進む。休日には趣味がトレッキングという彼は、東北の山々はこれから一番いい季節だろうし、もしかすれば人生の伴侶を得るかもしれないチャンスがあるかもしれない。

サラリーマンだから転勤はつきものだし、前向きに考えるIさんのこれからの活躍を肴に酒がすすんでいく。たまにはこういう酒もいいものである。
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(閏文月四日) 御社の営業がダメな理由  

藤本篤志著 新潮新書

「営業は確率であり、後天的にレベルアップが可能な営業量と知識量への刺激であり、会社全体で取りこぼしを少なくする為の人材及び機能パズルの組み合わせである。」ということを営業組織運営に反映していただきたいものです。

27年間も営業を続けていると、知らぬ間に自分のスタイルが当たり前と思っているが、会社にとって自社の商品をいかに売るかは死活問題であるから、たまには振り返ることが必要なのは充分分かっているつもりだ。そんななかで出会ったのがこの本である。

USENの辣腕営業マンで現在はコンサルティング会社社長という華やかな著者も最初はごく当たり前のサラリーマンだった。営業センスというのは先天的な能力であり、センスのない社員が成績を上げるためには営業量を増やすしかないというのは、日頃感じていることだし、所詮は全員がスーパーセールスマンになるという幻想を捨て、上位2割と下位2割以外の中位6割がその会社の生死を握っているのだから、その時間管理をどうすべきかというのは永遠の問題提起である。

凡人が営業成績を伸ばすには何をすべきかという現実主義は、さすがの東京ではなく関西で売行きが云いようである。
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(閏文月参日) 出迎え  

娘が阪神養護学校に通ったのは中学1年から高校2年までだった。最後の一年は広島の呉養護学校江能分級というところだった。その阪神養護学校の同級生やその親との交流は卒業後も続いており、特に夏休みの最後の日曜日に神戸のフラワーパークでプール遊びは一昨年、昨年に続いて3回目の参加になる。

午前中の早い時間に出発する予定だったが、広島市内の呉方面への送水管が落盤でストップしてしまい、今日から断水になるということで、義母と二人でポリタンクの準備やらで大騒ぎ。その結果、広島駅を出たのが1時半となって、新大阪駅は3時前だった。夏休み最後の週末とあって、駅構内は混雑しており、列車から降りてきた母娘も疲れた様子だ。ただ、こんな機会でないとなかなかいけないということで、梅田の大丸でショッピング。友の会の残高が多少あったので、愚妻の服や化粧品、地下でケーキを買って西宮に着くと、既に5時前
ぐらいになっていた。娘はお風呂に入って、ようやく落ち着いた様子。疲れたよなあ。

夕食は昨年と同じく近くの神戸屋のレストランでの久しぶりの家族での食事になったが、昨年は次男もいたが、今日は広島の大学のオープンキャンパスなので来ていない。お腹がすいていたのか、娘は好物のハンバーグをパクパク。大学のテニス部の練習に行っている長男に電話をして、間に合えば食べに来いということで、私と愚妻はゆっくり目の食事をしていたが、電話が入って急いで行くということで待っていると、真っ黒のテニスボーイがやってきた。娘とは1年ぶりの対面である。しかし長男も久しぶりの家族との食事だ。愚妻に決まった就職先のパンフレットを見せていたが、おまえ、皆にそのように見せているのか、まあ無名のIT企業だから仕方がないけどなあ。

つい娘の方に目を向けると、こっくりこっくりと頭をもたげて寝ている。お腹が一杯になって余程疲れていたのだろう。そういえば、デパートでもベンチで横になっていたなあ。都会の生活にはあわないのかな。来年は西宮に帰りたいと言っている愚妻には難題がかかっているということだ。
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(閏文月弐日) 楽食亭  

週末とあって会社の者と芦屋の居酒屋「炭や」で軽く一杯。先月キープしていたボトル(といっても焼酎の一升瓶)があったので、それを飲み干すのが目的である。久々に上司の愚痴を聞かされたが、一時は役員を目指した人だけに、少々屈折した経過は分からないが、人生なるようにしかならないことを痛感する。

少し話が重くなったので上司を別れた後、同僚と飲み直し。阪神西宮駅の南側をウロウロしていたら、ネットで見た店を思い出して入ったのが「楽食亭」。串カツの店だが、驚いたのはその作り方。客から注文を受けてから素材に手を入れるのだ。作りおきでないので何となく新鮮さも感じるし、出てきたものはどれもこれもイケまっせ、これが。

体重がリバウンドして医者から注意も受けているが、この揚げはカロリーが高くてもまた行ってみたい店である。
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