(文月廿四日) 人生50年  

1956年8月17日午前7時5分とその母子手帳には時間が記入されていた。そう私がこの世に生を受けた瞬間である。四国の片田舎でちょうど台風が接近していて、嵐を呼ぶ男だった。(笑)女の子が二人で、三番目が待望の男の子というのは田舎の慣習では跡取息子の誕生だったが、50年後では親の面倒は姉二人に頼んで、かって気ままに過ごしているのが実情である。しかし、50歳というのは何となく重いなあ。人生50年という言葉が今日ほどひしひしと感じた日はない。

広島と西宮と家族が別れて生活をするようになって、早や2年半。子供達がそれぞれの道を歩き始めているが、なんといっても気になるのは障害児の娘。重度の精神薄弱児とはいえ、一人で留守番もできるし、これで重度なの?とよく言われるが、やはり普通の子とは違うし、この秋には二十歳を迎える。この子の将来のことを考えれば、なかなかリタイアは難しい。国は自立を目指して障害者に対する法律を変えたが、役人の発想が現場と異なるのは明らかである。それが運命だと自覚はしているものの、ある程度のサポートは欲しい。何とも弱気と思われるが、これからの自分の体力を考えれば、先行きの不安は常に付きまとう。

ただ、この子から私は人生を教えてもらったのだから、私にはやっぱり宝物なのだ。「ずっとここ」と広島から動かない娘をどうするか、何とも悩ましい問題である。今日は一人でHappy Birthday!
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