(葉月九日 上弦) nameless poison  

by Miyuki Minabe, Gentosha

2003年に発表された「somebody」(誰か)の続編である。地方新聞に連載されていたが、このほど刊行され作家の人気もあって、はや増刷されているようだ。主人公、杉村三郎は大財閥会長の娘婿。グループ会社の社内報を編集している男である。彼の困った部下の対処から、やがて連続無差別毒殺事件の家族と知り合うことで、より大きなトラブルに巻き込まれていく。元々人のいい杉村だが、今回は深刻な表情をすることが多くなっている。実際前作では久しぶりの宮部の現代ミステリーという割には、とてもソフトなタッチで多方面の著作に忙しくて、腕が鈍ってきたのではないかと心配していた。今回も読み始めは続編かという思いもあり関心も低かったが、次第に引き込まれていった。

身近な人の悪意や中傷で悩まされている人は多い。陰口やいじめは学校や職場で日常茶飯と化している。気に食わない相手や立場の弱い者への有形無形の暴力は後を絶たない。一方で、他人の幸福を妬む人間も多く、しばしばその嫉妬心が思わぬ形となって現れることもある。

Nameless poison すなわち「名もなき毒」はこうした世の中の様々な毒を描き出していく。最近、清潔というかきれい好きが嵩じて、様々な問題が表面化している。マンションの土地の土壌汚染やハウスダストなどがその典型かもしれない。家に汚染はないと思っても、人が住まう限り、そこには毒が入り込む。なぜなら我々人間が毒なのだから。

ところで、今日は愚息の大学の保護者会があった。全体会議が終わって個人懇談の時間になり、それぞれ学生の担当教官と面談することになっていたのだが、いつまでたっても私の前には教官が現れない。時間もなかったので事情を職員に聞いたが要領を得ない。アンケートのその旨の不満を書き綴って別の職員に渡したが、「私は担当ではないので・・・」という声に私の身体の毒が充満してきた。ひと言云ってから大学を後にしたが、そうか、これが毒なんだと妙に納得した。
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(葉月八日) 死刑判決  

奈良の女児誘拐殺害犯である小林薫(36)に死刑判決が下った。しかし、この男が死刑でなければ誰が死刑になるのだろうか。

この事件や広島のペルー人による女児殺害など悲惨な事件が相次ぎ中、成人の死刑判決は複数名を殺害しないと下さないという呪縛は、アムネスティという内政干渉団体によって、死刑廃止運動が日本でピークを迎えた1979年から84年にかけてのことで、「少年なら4人殺してようやく死刑」という狂気の最高裁判決がきっかけだった。さらに裁判所は少年に5割引をする慣わしなので、「成人なら2人殺してようやく死刑」となっていたわけだ。小林薫被告に死刑判決が下ったのは画期的ではあるものの、これまでが異常だったのである

だいたい最初から死刑を回避してしまうと、どんなに凶悪な殺人を犯そうと、国は膨大な税金を投じて彼の命だけは保証し続けると宣言したことにならざる
をえない。加害者には膨大な税金を投じて衣食住を与えながら、被害者の葬儀代すら国は負担しないばかりか、自宅で被害者が殺されたときの血痕鑑定後の畳や床の復元すら一円も負担しない。

殺された事実は変わらないのに、なぜ犯人の生い立ちや殺した総人数やあるいは20歳か19歳かで罪の重さが全く異なってしまうのか。情状酌量という概念が被害者遺族に説得的であった例があっただろうか。そもそも覚醒剤を打っていたら死刑を無期懲役に減じる日本の裁判所を、なぜ異常だと専門家は誰も指摘してこなかったのか。

このたび小林薫に下された奈良地裁の判決文には、《被害者の数だけをもって死刑を回避すべきとは言えない》とある。おいおい被害者の数だけをもって死刑を回避してきたのは、お前ら裁判所ではないか。性犯罪常習者であり幼女への強制猥褻と殺人未遂さえ犯していた小林薫に対して、《被告人はいまだ22歳の若年であって、本件を反省し将来の更生も誓っている》と断言した大阪地裁(91年当時)の3人の男性裁判官―篠森真之、久保雅文、佐々木亘の各氏は、無責任な判決を下したことに対して、何か反省するところはないのか。
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(葉月七日) 世界ランキング  

亀田家の次男大毅が世界ランカーを破ったといっても以前のようなバカみたいなマスコミの報道はない。その代わり新聞の一面を飾った世界ランクは「国の競争力」である。2006年世界競争力報告を発表したのは冬のスイスで世界のVIPが集まるダボス会議で有名な世界経済フォーラムである。

これによると、日本は昨年の10位から7位に上昇し、1995年の4位以来の高い順位になったという。この調査は九つの分野から構成されているというが、「技術革新」「保健・初等教育」で首位になったことが寄与したらしい。実は昨年は12位とされていたが、調査項目が変更になって10位に修正されていた。結構いい加減な調査?

「ビジネスの洗練度」でも2位につけるなど高い評価を受けた民間の代わりに、巨額な財政赤字のせいで「マクロ経済」は125カ国中91位というランクである。公立小学校の最近の環境悪化などをみていると、とでも世界一といえるものではないと思うが、世界から見ればましということか。そして財政赤字というワンフレーズで91位というのも何だかなあという感もある。

しかし、今年目についたのはアメリカの凋落である。前年首位から6位への転落である。米自動車産業の最近の動きを見ていれば、さもありなんとも思えるが、楽観主義のアメリカ人にはそのような思いはまるでない。しかし、歴史は語っている。いつの間にかテレビはアメリカで作らなくなったし、VTRもそうである。シンボルたる車だって分からないのではないか。
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(葉月六日) ファイターズ  

北海道日本ハムファイターズがパリーグのシーズントップの座についた。プレーオフがあるので素直に喜ぶのはちと早いが、今年は1勝のアドバンテージがあるのでその価値は大きい。(昨年までのホークスは首位で終えながら、このような特典がなく、今年は3位なのだからついてない。)

しかし25年ぶりというから1981年以来か。あの頃は大沢親分の時でまだ江夏がリリーフ投手だったはずだし、日本一にもなれなかった。もともとこの球団が東映フライヤーズだったというのは、もはや神話に近いし、その後日拓という今でもあるのかそんな会社に買収されたが、一年やそこらで球団経営から逃げ出し、日本ハムが経営権を買い取ったという経緯がある。

なくなった大社オーナーがこの球団を大事にしていたのは有名な話である。今日もトップ確定のセレモニーで写真を選手が掲げていたので、気付かれた人も多かったのではないか。あの牛肉偽装問題で苦渋の降格人事を呑んだ前社長の親父さんである。

ヒルマン監督としては先日の金村問題でチームがごたごたしそうな時に、毅然とした態度で臨んだことがチームの一体感を生む結果になったことにほっとしているだろう。しかし、まだハードルは高く、ライオンズもホークスも昨年の借りがあるし、またまたプレーオフが楽しみになってきた。しかし、日ハムとか西武とかソフトバンクというより、地域名を球団にすればいいのに。北海道のファンがあれだけ札幌ドームに駆けつけるのは、おらがチームという誇りだろう。結局Jリーグの理念ではないが、企業に委ねるのではなく、地域活性のシンボルとしての球団ではないか。
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(葉月五日 彼岸明) 説得力  

会社の雰囲気がイマイチであれば構成員の士気も上がらず、ぎくしゃくとした空気が流れる。他の営業グループのマネジャーと飯を食べながらいろいろアドバイスする。今日は一次会だけという約束だったのに阪神尼崎駅で彼の部下がホームにいて、行きがかり上、西宮で飲み直し。やれやれ。

後で聞いたらよくあることだというが、酒の席でかなりエキサイトした会話が続いたので、ちょっとちょっととブレイクを入れる。しかしそんなことお構いなく口論とまではいわないが、次第にヒートアップしていく。聞いていて思ったのが、お互いに説得力がないのがこの話の行き違いの原因ではないかと思えた。

説得力は、どれだけ多様な反論異論を想定しながら主張するか、にかかっている。自分の主張があっさり受け入れられるものと思って話す者ほど、説得力に欠けるものである。説得というのは話す側ではなく、話をされて納得する側の問題だからだ。だが、ここでは二人が言い争っているわけで、幾多の反論や異論が出ているわけではない。したがって説得力というパワーレベルでは低次元の域である。

そもそも説得力に富んでいる人は外見上は、傲慢で嫌な奴が多いと思われているだろうが、本当は謙虚に相手の言うことを想像できる人なのである。
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(葉月四日) 大地の子  

かつてNHKドラマの傑作といわれた「大地の子」は上川達也が好演し、彼の出世作である。残留孤児である陸一心の名前を覚えている人も多いだろう。その大地の子がCATVで放映されている。NHKが放送70周年を迎え、日中国交回復20周年の1995年に作られた作品だが、いいドラマはいつまでも心に残るものである。特に中国の義父を演じた中国人俳優は本当の父親のようで何度見てもその卓越した演技は見事である。

戦争が人々の人生を狂わすのは古今東西繰り返されてきたが、我々日本人は中満国境から雪崩のように襲い掛かってきたソ連兵による悲劇を忘れてはならない。その後の新中国において仮想敵国である日本にDNAがある孤児の苦難は筆舌に尽し難い。その日本人を上川達也は流暢な中国語とともに熱演し、涙無しでは見ていられなかった。この歳になると、涙腺が弱くなるのは仕方がないかもしれないが、日中の俳優の熱演がそうさせるのかもしれない。

名もなき多くの孤児は陸一心のようにはいかなかっただろうが、あの大地で逞しく育っていった日本人を誇りにしたい。
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(葉月参日) 改装工事  

先週から行なっている支店の改装工事も最終日である。今日の監督官は私ということで、日曜の朝というのに6時に起きて始発のバスにのって出掛けることになった。支店の鍵を持っているとはいえ、開錠するのは初めてである。何とか支障なく工事関係者が来るのを待っていると、8時過ぎにはもうやってきた。

やはりプロの仕事人の機敏さには感心する。午前中にあっという間に予定の作業に目処がついたが、ここでトラブル発生。電話の一部が通じない。しかも電話工事者が連絡ミスで大幅に遅れ、このため上席の者にバトンタッチして早めに帰る予定が大幅遅れになる。ようやく5時前に交代して帰宅へ。

日曜日に朝からテレビを見なかったのは本当に久しぶりで、新聞や読書に専念したが、こんな時間の過ごし方もいいものである。
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