(閏文月壱拾日) セミナー  

J-REITの専門サイト「ビー・アール総研」によるセミナーが梅田で開かれ、久しぶりにREIT運用会社の生の声が聞こえるということで参加した。途中大阪駅までのJRが甲子園口と立花間の高架にトラックがぶつかったということで、徐行運転をしたので1時の開始には少々遅れたが、席は充分にあいていた。定員は200名と聞いていたが、実数は120名くらいかな。

REITアナリストの山崎成人氏が「J-REIT投資の見方・考え方」という演題で話があったが、自分だけが辛口アナリストです、との自意識過剰が垣間見えて少々うんざり。次にグローバル・ワン不動産投資法人の部長が会社説明、この方はこういう説明会に鳴れているのだろう、話の内容も的確でスムーズである。最後は地元の阪急リート投資法人、説明にあたった取締役は時間配分が下手で、ちょっと説明会準備不足は否めなかった。このように会社説明会では個人の能力で会社のイメージが固定される恐れがあることは、なにもREITの会社ばかりではない。IRは大事ということである。

最後に質疑応答があったが、参加者も大人しく意地悪質問もなく、淡々と進行していく。周りを見ると最初に着席した時と違って空席が目立つ。本当の参加者であればオフレコに近いこの質疑応答が一番聞きたいところでもあり、なにかサクラも多かったというのが、このREITへの個人投資家の関心のなさを物語っているわけで、個人のシェアが下がるのも仕方がないところか。配当生活というより値上がり重視の投資家が圧倒的に多い中では、マーケットとしての魅力は小さいことを改めて実感した
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(閏文月九日 上弦) 照柿(上)(下)  

高村薫著 講談社文庫

「マークスの山」で直木賞を受賞した高村薫は、その後この「照柿」「神の火」「レディ・ジョーカー」などを発表した後は、やや趣を変えて「晴子情歌」「新リア王」と重厚な作品を書き続けている。「マークスの山」も文庫になるのは遅かったが、この「照柿」も12年ぶりの刊行である。1994年というと私は二社目の外資で西日本を担当していた時で、時々東京の商品部のOさん(彼も元山一だったと記憶している)が高村薫のファンで、「BOZZさん、照柿読みました?」と聞かれたことがある。私も高村作品の主人公である「合田雄一郎」という刑事には大変興味があって単行本を買って読んだが、引越しの時になくしたのかどこかにいってしまった。

先日書店の店頭で待望の文庫化ということで、この作品が文庫になった事を知り早速購入。私には少し早いスピードで読み終えた。原本とは少し量が減ったかなというのが読み終えた最初の印象だった。物語の舞台の東京福生は全く土地鑑がないが、大阪の舞台はまるでナビを見ているように風景が眼に浮かぶ。特に西成の細かな描写はその雰囲気を余すところがない。二人の幼なじみが狂わせたのは、美保子ではなくあの大阪の何ともいえない暑さが原体験としてあるのではないかと思えるほどである。しかし、相変わらず高村作品は古典というか読書量が多くないと背景的なものが掴みづらい。この「照柿」も現代版「罪と罰」というイメージである。

ところで、90年代初めまでの小説を読んでいると違和感を感じることが多い。ミステリー作品によくあることで、宮部みゆきのもそうであるが、公衆電話がごく当たり前に登場する。しかし、90年代後半から世間は携帯電話が普及し、21世紀に入れば日常生活の中で欠かせないものとなっているが、この時代の作品ではほとんど登場しない。古典とも思える瞬間を感じるのは何といってもこの携帯のせいだろう。

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