(閏文月廿参日) 燃えるゴミ  

私の住んでいる地区で第三土曜日は資源ごみの日というか、新聞紙やダンボールを出しておく日である。燃えるゴミは月曜日と木曜日、燃えないゴミは水曜日だ。だいたい、この「燃える」「燃えない」というのはごみ収集者である自治体が考えたフレーズだろう。しかし、ちょっと発想を転向してみると、「燃やす」ゴミと「燃やさない」ゴミとはならないか。

燃えるとか燃えないというのは、あくまでも燃やす側の自治体の発想である。担当者はどれが燃えるか、燃えないかという原則論にしか立っていない。しかし、こう指示されてゴミを出すのは住民である。燃える、燃えないというのはゴミが主語である。燃やす、燃やさないというのはヒトが主体である。このあたりを自治体はちょっと考慮すべきでないか。

公園で「犬にフンをさせるな」などという看板があるが、犬は糞をする動物であり、「フンをお持ち帰りください」というほうがずっと現実的である。トイレでも「汚すな!」というより、「いつも綺麗に使って戴いてありがとうございます」って書いてあれば、ちょっと汚さないように気をつけるのが普通の人間だろう。

要は想像力を欠如しないで、思いやりが少しでもあれば世の中楽しく暮らせるということだ。
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