(長月廿参日 下弦) たちぞう  

ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)は大阪市の安治川河口に面している。ここは日立造船桜島工場跡地だが、元々は1881年(明治13年)に英国人貿易商ハンター氏が興した「大阪鉄工所」が前身である。昭和30年頃は建造シェアで三菱造船に次ぐ業界二位を占めていたほどの名門会社であった。

造船ニッポンを代表する企業が迷走をはじめたのは石油ショック以後だった。21年間社長、会長を務めた永田敬生氏が労使協調を貫いたため、人員合理化つまりリストラが遅れ、その後度重なる不況と台頭してきた韓国造船業の狭間で、一時は会社更生法も申請かと云われた。その後メインバンクである当時の三和銀行から副会長の藤井義弘氏が送り込まれ、環境機器の受注を伸ばし黒字転換を果し、藤井氏は「中興の祖」とまで言われ、副業ではじめた広島因島工場での杜仲茶では、お茶の間の人気を博したのを覚えている人も多いだろう。

95年に桜島工場を閉鎖し、跡地にUSJを開業させたが、折からの不況でなかなかTDLほど盛況ではなかった。しかし、その後USJも少しずつ入場者を増やしていったのだが、日立造船は造船業分離時期などのタイミングが外れ、2001年3月期まで三期連続の無配ということで、藤井氏も退任を余儀なくさせられた。2002年にJFEとの合弁会社のユニバーサル造船に設備や人員を移管してからは、造船会社といいつつ実態をあらわしておらず、「Hitz」のロゴマークの方が知られてきた環境機器メーカーとなった。

最近日本の造船業界は韓国や中国の追い上げをもろともせず、高性能の造船技術をフルに活用し、世界をリードする業界として復活しつつある。そうした一方でこのたび名門「たちぞう」が造船を撤退ということになるという。今年に入って傘下の情報システム会社をNTTデータに売却するなど、人員削減の動きは続いていたが、息絶えたということか。

神戸北野の異人館にある創業者の「ハンター邸」は観光客にあふれているだろうが、栄枯盛衰の120年をどう見ているのだろうか。 
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