(霜月壱拾弐日 大晦日) フセイン処刑   

サッダーム・フセインが処刑された。しかし処刑直前のサッダームを撮った映像にはうんざりだ。髭の白いサッダームは、黒いバラックラーバ帽で顔を隠した看守たちに囲まれていた。刑執行後の報復を恐れたものだろうが、白と黒の対照にあるシーンを思い出す。ザルカウィが率いていた「イスラム聖戦アル・カイダ組織」が流してきた人質の外国人を囲むテロリストの覆面姿である。処刑前の姿の酷似は「目には目を」という報復の無限連鎖が続いていることを意味しているのだろう。

毅然とするフセインは、それだけでも「殉教」に見えるのに、最後に「アッラー・アクバル」と叫んでいた。神は偉大なり。イスラムの寺院から毎日聞こえてくる礼拝の言葉である。これを受けてブッシュ政権は無言を貫いているようだが、ほかの中東諸国をはじめイスラム諸国をいたずらに刺激させないという意図だろう。しかし、フセイン打倒を叫んで開始したこの戦争の目的が果たせられたことに対して、何もコメントが出せないというのはアメリカの敗北の象徴の何者でもない。

年の瀬に日本は相変わらずの能天気な報道が続いているが、世界では歴史の暗部が繰り返されている事実に目を向けるべきだろう。

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(霜月壱拾壱日) 子供の成長  

「今まで4年間、体育会の部に所属していたこともあって、ろくに顔も見せられなくてごめんなさい。年末にも会えないのがとても残念です。この4年間は父さんや母さんのおかげで心技体において、とても成長でき僕は本当に恵まれた両親と環境で育ったことを実感しました。来年からは社会人であり、これからもさらにがんばらないといけない年でもあります。そして、これから今までの恩返しもしたいと思っています。(中略)今はまだこういった小さなものしかプレゼントできませんが、東京で実力をつけ、大きな人間になり、そしていずれはもっと大きなものをプレゼントしたいと思っています。それでは体に気をつけて元気でいてください。」

愚息から預かった母親へのプレゼントに入っていた手紙である。小さな細かい女の子のような文字だが、読んでいた愚妻が少し嬉しそうな顔をしていたように見えた。子供の成長は親の生き甲斐だろうが、子供の自立はもっと嬉しいものである。恥ずかしくない社会人になってもらいたいものだ。    
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(霜月壱拾日) 大納会  

今年は30日が土曜日とあって一日早い納会である。しかし、私がこの業界に入ったときは役所と同じで28日が御用納めだったが、銀行と足を並べる際に31日までやっていた銀行と調整するためか、30日に大納会となり、とてもあわただしい正月休みになってしまった。都市銀行と4大証券のライバル関係ももはや過去の遺物と化し、いまや銀行業務で投信販売などは主力なビジネスとなっている。時代の流れを感じるばかりだ。

最後の最後までミスがないようにとのお達しで、今年のこの店を象徴しているかのようだった。リーダーたる者いかに動くかということを考えさせられた一年でもあった。来年はたぶん早々から人事一新の動きもあると予想されるし、私の立場もどうなるかわからない。そんな中での手締めにはやや悲哀も感じられたのは私だけだろうか。

夕方まで家の片づけを終え、広島に帰ろうとすると、愚息が机の上にプレゼントを置いていた。母の分もある。父に対するメッセージはないが、母にはあるようだ。男同士の気恥ずかしさがあるのかもしれない。既に暮れなずんだ西宮をあとに、新大阪に向かい、下りののぞみに乗ろうとするが、これが午後7時を回っても大変な混雑。とても自由席で立っていられない状態なので、5号車通路で立つ羽目になる。乗客の話を聞いていると、今日の寒さで福岡空港の一部の便が欠航しているようで、確実に着く新幹線に乗り換えているらしい。いつもの帰省風景が広がっているが、広島に着いて電車で宇品に向う。しかし待ち合わせが悪く、港のターミナルで一時間近く待つことになる。年末の稼ぎ時なのに、気を利かして営業を延長している店もなく、ひたすらTVの音声だけが流れ、一部の酔っ払ったおっさん共が奇声をあげている。ちょっとした場末の雰囲気もあるが、箱物だけは立派なので余計物悲しい。

漆黒の広島湾を航行する高速艇から能美島の明かりが見え始めると、ようやく10時半迎えの車に乗り込む。いろいろあった一年の仕事が終わった。
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(霜月九日) 寒波到来  

今年の冬ほど気まぐれなものはない。昨日の晩秋のような天気とうって変わって、真冬の風は身も凍る思いだ。窓を打ち続ける冷たい風が世間の邪悪を払うかのように舞っている。冬本番か、愚妻に電話をすると広島は雪だという。さもありなん。今年最大の寒波であることはいうまでもないだろう。

Nさんの転勤はある意味チームの団結を生むという果実を得ている。普段は付き合いの悪い奴らが、思いのほか飲み会に参加したがっている。その思いを転勤前に示してやれば、彼は彼なりに仕事を勧められたのではないか。

去り行く者にどんなに暖かい言葉がかけられても、当の本人は「もっと前に言えよ」と呟くに違いない。人間、別れの場面では奇麗事はすぐ浮かんでくる。人間の狡さとはこんなものさ。でもそれは悪意に満ちたものではなく、ほんの些細なウィットというほかにない。

残されるものにはそれなりの苦労があるが、それをいっちゃお終いよ。後は自分でどうケツを拭くか、自分自身の力量が試されるわけだ。
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(霜月八日 上弦) 激怒  

年末にきての追い込みは厳しい。当てにならないオレの数字、というより役立たずな自分自身が不甲斐ない。そんな心の葛藤が暴発を生んでしまった、というのは単なる自分の甘えだろう。

酒の席で後輩の些細な言動に気に触るような奴は、上に立つ器ではない。そもそもオレの社会人生活はその繰り返しだったように思う。心静かにという精神は全く存在を忘れ、怒れるままに自分を委ねるというのは一番弱い人間のすることだろう。

最近の若い奴は、とかいう愚痴もこぼすにはあまりにも年を取りすぎた。居場所がなくなりそうだ、年末にきて、これだけ自分に嫌な思いをするとは思わなかった。
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(霜月七日) Felica  

EdyやSuicaなど非接触型のガード決済が日常化している。しかし、このカード決済における最も重要な暗号を掌るソニーのFelicaが重大な危機にさらされている。専門家の間でこのFelicaの暗号システムが破られているのではないか、という疑念がおきている。

ソニーの広報は、ITMediaの取材に対してすぐさま否定したが、それも電話で数分の取材に対してである。こういう取材は御用聞き記者による一方的な者である。自分独自のソースを持たず、単に当事者に質問を投げるだけというのであれば、真実は見えない。ベンダーや暗号の専門家、Felicaのユーザーなどに取材すべきだろう。

また日本の不完全な技術が世界の小悪魔を巻き込んで、闇のカネを巻き上げようとしている。
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(霜月六日) メリー・クリスマス  

今日クリスマスの日に大阪のヘラクレス市場に「T&CカンパニーHG」が上場し、人気殺到のよる買い気配で終了した。前日この会社の発起人の一人であるHさんに「おめでとう」メールを出したが、丁寧に返事があった。2000年から苦節7年。日本の情報ベンダーはクイックなど大手が占有し、独立系はなかなか参入できなかった。しかしHさんをはじめ多くの社員の努力?でこの日を迎えられたのは、本当に喜ばしいことだ。(ある意味、羨ましい限り!)

情報ベンダーとして認知されるまで、多くの苦労があったように聞いている。でもその地道な努力が今日の栄光の肥やしになったとすれば、苦労が報われるという意味で大変喜ばしいことだ。身近な知人の成功を素直に喜ぶことは難しい。嫉妬が出てきても全くおかしくはないし、実際億単位の含み益を持つことに対して、普通の感情だけを抱くことは困難だろう。でも彼らはゴールへ突き進んだ。

同世代の人間が表舞台に出てくるのは誇らしい。自分にも何か出来るのではないかと素直に思えてしまう。彼には東京での私の再就職で大変お世話になった。今の会社でいられるのは彼のおかげといっていい。本当におめでとう、Hさん!
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