(師走壱拾参日) インテリジェンス 武器なき戦争  

手嶋龍一・佐藤優 共著 幻冬舎新書

幻冬舎が新書市場に参入した最初に刊行された17冊のうちの一冊で、創刊の目玉とされ初版は4万部だった。思惑通り予想通りの売れ行きらしく、話題性が見込める本を作り、積極的な広告でベストセラーに育てていくという手法は新書でも生きているということか。

intelligenceとinformationの違いを、英語を母国語としない日本人はなかなか区別できない。戦後体制で安全保障を米国依存にしたことで、諜報戦において日本は世界からはるかに遅れてしまった。しかしそのおかげで経済成長に専念したことで世界二位の経済力を築き上げたのもまた事実である。

対北朝鮮だけでなく日本外交の課題は多い。しかしそれを担う外務省の陣容は十分とはいえないし、週刊誌的ネタが外に漏れること自体、箍が外れているといってもいい。これには日本特有の資質というか、まず最初に器を作ってそこに人材を投入するという手法の限界が来ているといってもいい。人材の育成というのは言うは安く成り難しという典型例だ。

元NHKワシントン支局長の手嶋龍一と元外務省情報分析官の佐藤優が対談したこの本は、外交に不可欠なインテリジェンスという特定のテーマに関する知識や情報を手軽に入手したいというニーズにこたえたものといえる。再チャレンジと誰かが言っているが、この佐藤優など貴重な人材なのだから、しかるべき立場で日本外交に貢献できるようにすべきではないか。
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(師走壱拾弐日) 貯金箱  

仕事で通りかかったのが尼崎信用金庫の旧本店にある「世界の貯金箱博物館」。世界60カ国の約12000個の貯金箱が並んでいるのは壮観そのものだ。たった15分ぐらいでは全部を見ることはできないのだが、時間つぶしということもあって、ほんと駆け足でというところ。で、ちょっと眼が留まったのが昔在籍した山一證券のペンギン貯金箱。ちょうど中国ファンドが登場したころで、私は当時社会人一年生。30年近くにもなるということだ。そのピンクのペンギンは当時のままである。懐かしいの一言だ。あのころは4社の一角ということで、ちょっとは名を馳せたが、その18年後には自主廃業になるとは誰が予想したのだろうか。

今年は山一の自主廃業から10年目である。そんな年にあのペンギン貯金箱を見られるとは、これも何かの縁か。そんな感傷も「これ記念品です。」と声をかけられると我に返り、頂いたのは宝珠貯金箱。いいものいただきましたよ。おっと、もちろん入場無料ですよ。
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(師走壱拾壱日) 待ち時間  

午前中親会社の案内でアポが取れているはずの某社に伺う。窓口の経理マンに○○○の○野ですがというと、あれって顔(いやな予感)。先客がありますのでここでお待ちくださいといわれ、いつもの明るい待合室へ。前回は20分ぐらい待たされたので多少は覚悟しておいたが、まさか1時間半!になるとは予想だにしなかった。

その間になぜか後から来た客がどんどん社長室に入っていく。おいおい、どうなってるんだ、親会社のアポってなかったのかよう、と不貞腐れていたが、もう30分たった段階で諦めて、持参した新書を読むことにした。こっちのほうが時間をつぶすのにはよかったかな。なにせようやく面談となると、え?約束していた?などと云われるとこちらはあんぐり。これから用事があるので、経理に聞いておいてだって、やれやれ。

しかし、とんでもない社長ですわ。ワンマンにもほどがあるよ。

夕方アポをとった課長が来て、「どうでした?」というので、1時間半待たされましたよ、というと、実は我々も初対面で1時間半待ちました、しかも朝7時のアポで8:30になりましたという。まあそれに比べると今日はましということですか。でもこれから対応するのはちょっと辛いねえ。
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(師走壱拾日) 通信講座  

明日の朝刊で通信講座のユーキャンが折込を入れるようだが、実は私も最近この講座をやっている。実用ボールペン字講座がそれである。昨年あまりに字を書きことが少なくなり、自分で書いた文字が後でわからないというお恥ずかしい次第となったためである。6ヶ月であればできるかもと思ったのが間違いで、それに一月2000円であれば仕方がないか、というのは2000円X6ヶ月の料金ではなく、総額は29000円。あれ?おいおい、そういうことか。そりゃ一ヶ月2000円あまりでボールペンと万年筆も付いてるというのは、6回では回収できませんなあ。

だまされたと思ったものの、ここはひとつ腹をくくってやりますか。字がきれいというのは他人に与える印象が違うものだ。50の手習いがどうなるかわからないが、最も弱い持続力(ダイエットがいい例だ)を試すのにはいいのかもしれない。

でも講座の資料は正誤表が多くて、自ら添削しないとあかんというのは情けないことだ。手を抜いてるのはあんたのほうじゃないか、ははは。
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(師走九日) 売れ筋商品  

携帯電話市場というのは春商戦がメインである。今月各社は加入者争いもあって、新機種を大量に投じている。しかし、これほど需要者と供給者の思惑が異なる市場も珍しい。春商戦での顧客の目当ては、これらの新機種ではない。顧客の多くは新機種の登場で安くなった旧機種を選ぶのである。カメラ付かカラー液晶かといった新旧の機種の違いが一目瞭然だった数年前に比べて、最近の携帯は昨日に大差はない。それなら少し古くても安い機種を選ぶというのが今の消費者である。これは年明けでXPパソコンが値下がりしたのを受けて売り上げが伸びたのと同じである。(かくいう私もその一人、ははは)

携帯の新機種は旧機種の購入を促進される「見せ玉」に過ぎないことは各社もわかっているはずだ。これを成立させているのは例の「販売奨励金」である。当初は高い携帯を割安で販売し、後日通話料金で回収し、元手がなくても簡単に携帯電話を所有出来ることで、急速に携帯が普及したのは明らかである。しかし市場が成熟し、本来の意義は薄れ、代理店へのカンフル剤と化しているのである。しかし自転車操業にも限度があった。昨秋からのナンバーポータビリティー制度で各社が大量に出荷したことで在庫が膨らんでしまったのだ。

販売奨励金を割高な通話料に還元するとかいう会社はまだ現れていない。海外の携帯メーカーも日本参入がなかなか上手くいかなったのもこの奨励金制度だが、最近は日本メーカーもかつての成長が見込めない携帯電話に多額の投資をおこなうことに冷ややかであり、今までのような蜜月関係ではない。

そうしたなかで、注目されるアップルの「iPhone」。これをソフトバンクの孫社長が戦略的にどう活用するか、これで少しは業界地図が変わるともいわれるが、今までのあの会社の「猫の目」状態であれば、ちょっと期待を高すぎるんじゃないの?
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(師走八日 上弦) パワー・フォー・リビング  

数百万人の人生を変えたという本「パワー・フォー・リビング」を無料進呈するというテレビCMや新聞広告が年初から大々的に放送され、紙面をにぎわしたのを覚えている人も多いだろう。テレビ各局のCMを一ヶ月ジャックし、新聞雑誌でも大展開しているのは、米フロリダ州に本部をおく「アーサーS・デモス財団」という団体である。

広告塔はファイターズ監督のヒルマン、札幌オリンピックで一躍人気者になったジャネット・リンなど4人である。おっと、あの「異邦人」の久保田早紀もいる。しかし、この広告料は半端ではない。CMだけで10億円はかかっているだろうし、新聞雑誌を考えれば総額は20億円を超すのではないか。

全米では毎年のように慈善団体の上位に名を連ね、資産額は600億円とも言われている。テレビ宣教師やキリスト教系組織、同性婚や妊娠中絶に反対する法律事務所などに多額の寄付をおこなっているようだ。しかし、その秘密主義は徹底しているようで、いかなるマスコミの取材も受けていない。それは日本でも同じようだ。

それゆえカルト集団ともいわれ、今回のTVCMでもフジとTBSは放映を見合わせた。それにキリスト教徒の少ない日本でどれだけ効果が上がるのか疑問だ。しかし、この大金どこから生み出されるのか、それがわからないのが不気味である。
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(師走七日) NB online  

朝メルマガで送られてくるなかに、日経ビジネスの「NB online」がある。今日は宋文州氏のコラムである。彼は結構独特の思考があって、このコラムの読者をしばしば熱くさせる。最近では少子化が悪いことか、長生きすることが悪いことかとのオピニオンが反響を呼んでいた。そして今日は、う〜ん、朝からこれはきついな、というのが第一印象。

詳しくはコラムを参照してほしいが、格差社会といっても日本人が経験している格差は格差ではないということがわかるのではないか、「たかじんの何でも言って委員会」のレギュラーの金さんが本で書いているように、今の日本に本質的な格差はないというのが、外国人から見た印象だろう。

ひとくくりで日本人を表せないと一緒で、隣の韓国人も中国人も画一的な判断はできないということだ。しかし、捨て子で育てられた女の子が白血病で8歳にして亡くなるというのは、いかにも辛い。字が書けない父の元で育てられたことに感謝し、死んで初めて靴下を履くことができた薄幸の少女があまりにも痛々しい。お金がないことで自ら退院をするが、病院関係者からそれを聴いた新聞記者がこれをスクープ、北海道の夕張の成人式ではないが、多額の治療費が寄贈された。しかし、もう彼女には治療する体力が残っていなかった。

彼女の墓標の正面に微笑んだ写真が飾られてある。そしてその後ろには彼女の短い生涯が書き綴られている。最後に「お嬢さん、安やかに眠りなさい。あなたがいれば天国はさらに美しくなる」と結ばれている。清貧という言葉が言われなくなって久しいが、思わず浮かんできた。彼女のご冥福を祈るばかりだ。

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