(師走壱日 朔) 多病故人疎  

病気がちになると、古い友人とも疎遠になる。唐時代の詩人、孟浩然が病気の淋しさを看破した詩である。友情とは何かをすることによって生まれる情けであり、病気で気力を失うと情けが希薄になってしまう。友人に限らず家族であっても情けを与えられないと心が痛むものである。

仕事柄年配の方と話をする機会が多いが、病気をかかえると家族に迷惑がかかるということで、療養施設にいかれている人と話をしたときに出た話である。家族から世話を受けているほうが、本来は気が楽で幸せなはずなのに家族に負担を与えていることに心を痛め、施設にいかれているのである。身内のいない一人で過ごす寂しさと、家族から施しばかり受けるいたたまれなさを選択しなければいけないというのも辛いものである。

しかし、病気になることで健康のありがたさを知るということも多い。病気は何も暗い面ばかりではないということだ。ベッドに体を休めていると普段は気付かない人の親切にほろりとくるときもあるし、周りの人間に自分がいかに世話になっているかがわかるものだ。

人間だけでなく会社も病気になり、これを克服して新たなステップができることがある。合併したので今はどうなっているのかわからないが、トヨタ自動車が年始に一番最初に挨拶に行くのは旧三井銀行だった。世界のトヨタも戦後直後はまだまだ中小企業で危うく倒産というところまでいった。そこへ救いの手を差し伸べたのが三井銀行であった。トヨタの強さというのはカンバン方式とかハウツーものではなく、一度つぶれた会社という経験則がその後の強さの源泉になったのではないか。

雪印もそうだったが、楽な経営とはいわないが、それまで漫然と経営を続けてきて特に問題がなかった会社ほど、危機に弱いものはない。今回は不二家である。
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