(睦月壱拾壱日) 世界が変わる  金融

誰もがそれまでの相場の行き過ぎを指摘し、押し目買いを進める。これが今日の投資家のほとんどの心理状態だろう。相場がバブルっていても弾けるまでわからないとよく人は言う。ではそれは本当だろうか。自分の判断の甘さを隠すだけの訳にしてはいないか。

朝起きると世界が変わっているということはこの世界にはよくあることだ。慌てて判断を間違えると結局負けばかりがこんでくる。それでは話にならん。結局上がっているときは自分の周りのはしゃぎすぎに巻き込まれて、冷静な判断を失っているときが多い。逆に周りが下がるものだらけだと、落ち着いて物色できるというものだ。

慌てる乞食は貰いが少ない。大人のゲームはこれからである。
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(睦月壱拾日) アカデミー賞  

昨日のマスコミはアカデミー賞で菊池凛子が助演女優賞に選ばれなかったことや硫黄島・・・がわずか1部門しか受賞できなかったことを残念と報じていた。結果論ではなく今のアカデミー賞はハリウッドというごく限られたエリアでのコップの中の嵐にしか過ぎないのではないか。受賞作品が世界に向いているとすれば、これまでも選ばれた作品は数多くあるだろう。所詮はアメリカの国内問題ではないのか、そもそも全く公平な選択など世の中にあるはずもない。人間の主観というのは常にどこかに傾いているもので、それだからこそその人の資質というものがあるはずである。無味無臭なんてつまらんからねえ。

アカデミー賞がすべてではないし、(もちろん俳優のギャラはそれで大きく変わるのだろうが)人の心を打つ映画であればそれに越したことはない。しかし、最近はCATVでみるぐらいかな、映画は。大きなスクリーンをたまには見てみたいが、一人というのはつまらんしね。
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(睦月九日) 隠れた黒字  スポーツ

スポーツニュースは連日MLBの松坂や井川、そしてようやくキャンプが始まったイチロー、松井、おっと桑田もいたか。国内では楽天の田中の練習試合に1万人といったニュースばかりで、わがカープはどこを捜しても出てこない。あれだけ男を上げた黒田も全く画面に出てこない。これではやっぱりメジャーに行けば良かったなどと思わなければいいのだけれど。全くもって日本のマスコミはくさっとるのう。

しかし、広島には輝かしい記録がまた一つ生まれた。32年連続黒字という金字塔である。32年前というと1975年、昭和50年カープ初優勝の年である。あれからカープは黄金時代もあったし、低迷時期もあった。なかなかスタンドが人で埋まらないという状態が続いているが、それでも32年間黒字というのは球団関係者の努力の賜物である。特に巨額の放映権料を落としてきた対読売戦の中継が少なくなったなかでの記録である。確かに市民球場であるから使用料は格段に安い。現にここで社会人をはじめた私もこのグラウンドでプレーしている。それほど安かったのだ。しかし、それに甘えず、カープグッズ販売を伸ばして放映権料の不足を埋め、また地方開拓ということで、全国各地でホームゲームを主催し、阪神の死のロードよりはるかにきつい夏のロードを選手たちはこなしてきた。全く頭が下がる。

地方球団ということの甘さを捨て、独立独歩というのは親会社のマツダに依存しないということである。しかし、いくら努力しても100万人あまりの観客というのは寂しい。みんな市民球場に行きましょうよ、もうじき新球場になったら、あの雰囲気を味わえないよ。
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(睦月八日) 愛しき大地  音楽

朝に照らされ山は緑
鳥の巣立ちを数知れず見たな
歩く大人に遊ぶ子供に
花を見せては実を実らせた
ここで生まれた縁がある
ここで育った恩がある
愛しき大地 愛しき山よ

雨に打たれる夢の川よ
やがて大きな海に包まれる
倒れる稲に走る足音
八十八の数えがよぎる
ここで祈った縁がある
ここで笑った恩がある
愛しき大地 愛しき土よ

土地の長寿は人の宝
夜明けの産声分かち合う幸よ
透んだ光に眩しい涙
まさにここは陽出る国よ
勇気もらった縁がある
愛をもらった恩がある
愛しき大地 愛しき故郷よ

人は逝っても生き続ける心
愛しき大地 愛しき故郷よ
人は逝っても生き続ける心
                 作詞作曲:山崎ハコ

ある雑誌に1月24日に行われた早稲田大学での山崎ハコのライブで歌われた「愛しき大地」という曲を紹介していた。元日経の田勢康弘氏である。この曲は民謡の伊藤多喜雄が歌ったものだが、伊藤といってもあまり知られていないだろう。しかし英国公演で木曾節を太鼓だけで歌いロンドンっ子を感動させた人である。これは彼のアルバムのために山崎ハコが作詞作曲したものである。言の葉が宿っている詩でないか。思わず実家をおもいだした。今日何も連絡していないのに米が届いたので、連絡しようとすると愚息が連絡して今度帰省する旨を告げていた。年老いた両親には大きくなった孫の姿を見せるのが元気の素だ。愚息も父親が育った土地を見てきて欲しい。
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(睦月七日 上弦) 神戸  

先週の近畿支部の研修に続いてFP協会の兵庫支部の継続研修を受けに神戸に行く。会場の三宮研修センターに着くと人気がしない。あれ?と思って申込書を見ると14:00からとなっている。ただいま9:45、先週が10時からだったので思い込みが今日の行動となったわけ。がっくり。しかし、4時間だからいったん自宅に帰ってという方法もあるが、折角神戸に来たのだからたまにはぶらぶらというのも悪くない。

最初は元町の大丸へ。開店前とあって多くの人が並んでいたが、正面のところにそろいのユニフォームをまとった軍団がいる。よく見ると開店時に獅子舞をおこなう中華街の人たちらしい。旧暦七日ではあるが、正月行事としての獅子舞は中華街にはつきものである。間近にみるのは初めてだが、なかなか勇壮で迫力のあるものだった。しかし、開店直後の百貨店というのは独特の雰囲気である。短時間の間にあれだけお辞儀をしていただいたのも初めての体験で、なんだか気恥ずかしい。ひとしきりショッピングではなく、ウォッチングをするがこんなときに限って時間は過ぎていかない。

時間つぶしにいいのはやっぱり本屋ということでジュンク堂へ。しかし、神戸が本社のジュンク堂が元々は淳久堂というのは知ってますか。時間があるのでくまなくあっちへこっちへ熊さんのように徘徊する。しかし、いろんな本があるのですなあ、出版不況というがそうとは思えないほどで、多くの老若男女が本を眺めている。さてそうこうするうちに昼になる。神戸に来ればセンタープラザの地下のカツ丼の吉兵衛に行かなくちゃと思ったが、2時からだと時間が余るので、ちょっと奮発して阪急西口の宝寿司へ。で、早速ビールを頼んであとは日本酒、そして肴は新鮮な刺身ということで進む進む、酒が。

結構酔っ払って研修を受けるのは不謹慎そのものだが、椅子に座るなり熟睡。いい昼寝でしたよ、ははは。
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(睦月六日) 障害者の経済学  読書

中島隆信著 東洋経済新報社

2006年度第49回日経・経済図書文化賞を受賞した本である。著書の中島氏は慶応大学商学部の教授であり、脳性麻痺の息子を持つ親でもある。障害者の当事者であれば本書のいくつかの部分は障害者に対して厳しいのではないかと思える記述も多い。しかし障害者問題ほど当事者意識が優先されると、ただの被害者意識だけが先行し、障害者の自立という極めて重要な問題がないがしろにされるのである。

中島氏は冷静に第三者の目で障害者問題を捉えている。そもそも障害者問題が身近でないのは障害者の存在が目の前にないからである。障害者は養護学校という一般から隔離された学校に通い、卒業すれば作業所というこれまた人里から離れた場所で一般の目の触れないので、一般の理解度は低い。もともと障害者はかわいそうという気持ちから福祉の中心になっているが、そろそろ制度疲労となっている。カネと施設だけつくれば事足りるとなれば、人間としてどう生きるかという本質を失ってしまう。

障害者特に親には痛い問いかけも多い。障害者の手当が結局親の生活の足しになっているという事実である。私の場合も今年から娘の障害者基礎年金が支給される。年間でおよそ100万円である。たがが100万円されど100万円である。かといって娘が一人で生活することは現状では困難であり、この資金で問題が解決するわけもない。読むにしたがって頭が痛くなってきた。この問題は再度取り上げたい。
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(睦月五日) iPod  

生活習慣病というとなんとなく穏やかだが、糖尿病、高脂血症、高血圧となるとなんだか体がぼろぼろ。そんなわけで今週は月曜日の帰りからバスをやめて阪神西宮から自宅まで歩いている。おおよそ25分、もちろん朝の通勤も同様である。したがって一日で連続歩行を1時間ほどすることになったわけである。まあ、目的ははやく減量することだけど焦らずやるしかない。でも徐々に体重が減ればいいのだが。

しかし、この25分をひたすら修行僧のように歩くものつまらないし、例のiPod
シャッフルを購入して気分転換。でも1GBといってもCD20枚ほどがわずか3センチ角に入るのだからすごいものだ。これではMDなんか面倒くさくて持ち運ばなくなるのもわかる。それで音質はそこそことあれば云うことなし。アップル再生のキーになったiPod、これほど便利なものとはと改めて実感する。しかし、往年のというか新入社員のときによく聴いていたドナ・サマーのマッカーサーパークなんか流れると思わず早足になるし、歩くのも楽しくなる。アップル様様である。これで痩せれば最高だ。
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