(師走廿日) 株式持ち合い  金融

食品業界が騒がしい。不二家に対する山崎製パンの業務提携は吸収合併への布石かもしれないし、カゴメがアサヒビールとの資本提携を決めた背景も安定株主が経営に大事な観点という考えか。いわゆる持ち合い解消が進んだのは、金融機関と事業会社の間のことだけだったということか。そもそも銀行はピークでは上場株式の20%近くも保有していた。持ち合い成立の条件は、額面発行増資の時代に蓄えた低簿価株式の種籾があって、額面割り当てや無償増資でコアになる根雪ができ、時価発行増資の親引けや市場購入分が積みあがって、右肩上がりの株式相場と取得原価主義会計で膨大な含みをもたらし、これが銀行主導のバブル経済への引き金となった。

ところが時価会計がスタンダードになった今日、持ち合い株の変動は資本の増減に直結し、減損処理で損益に響く。さらに退職給付会計は年金資産の時価評価と積立不足の解消を義務付けている。企業は資産計上した株式のみならず、確定給付年金のリスクも伴っている。最近株価が上昇し新高値をつけている新日鉄の保有株式は株式資本の5割を超えているはずである。一本調子の株価上昇が続く間は良いが、逆回転が始まるとその持ち合いリスクは想像するだけで危険極まりない。

5月に解禁とされる三角合併が各企業の持ち合い推進の背中を押しているのだろうが、その外資に対する恐れは世界標準からみればベネズエラと変わらないのかもしれない。持ち合いを解消したはずの銀行も過去の反省は消えたかのごとく、安定株主としての立場という錦の御旗で復活の兆しさえ見られる。参入への障害を高くすることは日本国内の需要を抑えることになる。先ほど発表された対日直接投資が17年ぶりに流出超過になったことを覚えているだろうか。投資の障害要因として挙げられるのは、人件費、高い税率、流通経路の複雑さ、新規参入を困難にする競争制限的な商慣行などだろうが、参入を困難としているのは何も外資だけではなく、日本の起業家もその影響を受けている。

日本に進出して成功している外国企業は日本企業よりも経営効率や生産性が高いことが示されている。外国企業の進出によって競争が激しくなることから、国内企業の効率向上も期待できるはずである。バブル崩壊で日本企業にはその反省が身に付いたと思っていたが、最近の株式持合いとも言うべき資本提携は経営の保全がメインであり、持ち合いの資本は両者の間を行き来するだけで利益を生むわけではない。黙って賛成してくれる株主の獲得だけが目的なのだ。

カゴメが金融機関の持ち合い解消の対策として、個人株主作りに力をいれ、約14万人の新たな個人株主を獲得したはずであり、その行動は高く評価されていたはずであり、今回の提携は違和感を覚える。所詮は会社が育った地域の特性なのだろうか。
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(師走壱拾九日) 問題改善  

世間では再び柳沢大臣の失言?をめぐって言葉を弄んでいる。しかし、この少子化という問題ほど現代人は騙されているのではないだろうか。少子化が自分の家庭や周囲でも起きている問題と勘違いしている人々の思考回路は笑止千万である。(おっと、これも『しょうし』か)

だいたい少子化で困るのは、自分たちの無駄遣いを後世代にツケをまわしてきた厚生労働省管轄の年金と、財務省管轄の税収なのである。そもそも地球規模では人口爆発の危機のほうが優先順位が高いのではないか。子供ができないのは単なるセックスレスや無精子症(案外多い)であり、マスコミを通じて伝えられる教育費の高さなどが直接の原因ではないだろうか。

日本の平均的サラリーマンは700万程度の年収がある。実際6万ドルあれば、世界ではどのくらいの生活水準が可能かどうか再考しなければならない。それが狭いマンションに住んで通勤で二時間もかかるようであれば、自然と子作りに励む気力も薄れるというものだ。さらに子供二人を大学に通わせたらどうなるか心配だというのは、その国の経済政策に欠陥があることの証明でもあろう。

しかし、社会全体が良くなれば個人も生きやすくなるという考え方は、はるか昔のソ連や北朝鮮を作ってしまったことは忘れてはならない。それは社会が良くならない限りはイジメがなくならないと叫ぶ親を生むことと通じるものがある。個別に出来ることから自分で改善していくという自助努力から創意工夫は生まれるものであり、いつまでも人のせいにするのは無責任そのものである。
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(師走壱拾八日) お化け  

先週の金曜日に北新地に行ったことは前述したが、そこはちょっとしたコスプレランドだった。

「大阪ことば事典」(牧村史陽編)にはこうある。「節分の日、老女は若いころを懐かしんで島田や手毬髷に結い、娘は良縁を願って丸髷に結って縁起を祝ったもので、これをお化けと称した」

節分の日が土曜日だったので、その日にお化けになっても騙す男や女はやってこない。だから金曜の夜にお化けが現れたのである。まあ冬の盛りにお化けというのも変だが、今年のような暖冬にはお化けも季節を間違える?(^^)

しかし、関西の節分はおもろいことが多い。例の恵方巻きも私が関西にやってきた三十何年前にも寿司屋で見かけた。それがコンビニ時代になってあっという間に全国に広がってしまった。バレンタインのチョコ、節分の巻きといい食べ物屋は商いの創意工夫にあふれている。

でも節分の豆まきも恵方巻きも家族揃ってなければ形無しである。家族から諦められた男共はお化けに会うに限る。
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(師走壱拾七日 立春) あきらめない  スポーツ

どうしてこういう好試合を地上波TVは中継しないのか。夜なべ仕事のせいか昼食後の気持ちのいい太陽を浴びていると、うとうとしていつもの「何でも言って委員会」を見逃してしまった。そういえば、今日はラグビーのトップリーグのマイクロソフト杯ファイナルがあるのを思い出し、CATVのJ-sportsにチャンネルをあわす。ここは高校大学社会人と日本ラグビーの試合を中継している。場面はすでに後半も終盤近くだった。

サントリーがリードし、東芝のゴール前で貴重なPGのチャンスを得て、これを確実に決め、13対7と6点差とした。時間はすでに40分に迫っておりサントリーの優勝はほぼ確実かと思われた。しかしロスタイムは4分と意外にあった。これ4分がドラマの始まりだった。東芝はサントリーゴール前に殺到し、あわやトライかと思われた場面もあったが、ターンオーバーされ22mライン近くまで戻された。時計は43分30秒。もうだめか、誰もが思っただろう。ところが、あとワンプレーかというところで再度東芝が最後のチャンスを迎える。(サントリーの反則も何回かあり終了かと思われたが、ペナルティの笛では試合は終わらないのだ。)審判のラストワンプレーコールでいよいよ笛が吹かれれば終了というところで、この試合ラフプレーでシンビンになった侍バツベイが、モールを上手く回転させたところで相手二人をなぎ倒してトライ!続くゴールも相手のプレッシャーを受けながら確実に決め14対13。輝く三連覇の瞬間である。ラグビーって面白いスポーツであることを昨日のタマリバといい、今日の東芝も示してくれた。

しかし最後まで諦めないという東芝の執念は凄かった。常勝早稲田を築き上げた清宮サントリー監督ばかりに注目が集まる中、愚直な薫田監督を男にしたいというラガーマンの思いの集大成でもある。清宮氏も早稲田監督一年目は関東学院に敗れ去った。日本選手権の決勝で再び対戦するだろうが、サントリーはリベンジできるだろうか。注目の決勝は2月25日である。
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(師走壱拾六日 節分) タマリバクラブ  スポーツ

今日からラグビーの日本選手権が始まった。以前は社会人と学生の日本一同士が成人の日に国立で対決していたが、格差拡大で100点差ゲームが頻繁になったため、いろいろ試行錯誤を重ね、現在の形式に変更された。学生にとっては昨年の早大が社会人を破るという快挙を上げたが、トップリーグ上位のチームとの力の差は大きい。日本選手権には学生の優勝、準優勝チームとクラブチャンピオン、地域リーグの勝者が参加できるが、今日はCATVで関東学院とタマリバクラブの試合を観戦。

しかし、関東学院が相手を見下していたのだろうが、最初の当たりがあまりに弱く、タマリバの選手のモチベーションの高さもあって、前半はスコアでは4点差で学生のリード。しかし、7点はタマリバの自殺点みたいなもので、実質試合をリードしていたのはタマリバで、後半に入ってすぐ逆転。このまま行けば面白いと思ったのもつかの間、ようやく関東学院にエンジンがかかって最後は47Vs17という点差だった。しかし、後半20分ぐらいまでは五分のゲームだったが、さすがにフィットネスで学生には及ばなかった。

しかし、仕事といってもほとんど全員が一流会社のサラリーマンでいわゆる文武両道を地でいく連中だけに、その低い当たりと老獪なパス回しは見るものにラグビーの楽しさを教えてくれた。前半が終わって自然に沸き起こった秩父宮の拍手は彼らに対する賛美だったに違いない。

しかし、試験があったといえ学生NO.1のチームがこのざまでは次の試合が思いやられる。ここは春口さん、一つふんどしを締めなおしてくださいね。
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(師走壱拾五日 望) 少し贅沢  

昨日は知人と「一創」で食事。Kさんとはもう何年も前に知り合ったのですが、なかなかゆっくりと話をする機会がなかったのだが、折角お互い尼崎で仕事をしているのでたまにはということで一献。話が弾んであっという間に2時間あまりが過ぎていった。さらにKさんにご馳走になってしまい誠に恐縮でありがとうございました。いつもはお任せということで大将にお願いしているのだが、今日はちょっとアクセントをつけてとお願いしたので、普段よりちょっぴり高くなってしまったので本当に申し訳ない(^^)。でも阪神尼崎からJR尼崎まで結構距離があったと思いますが、歩いてというのは頭が下がります。やっぱりスマートな体型には不断の努力が必要ということですかね。

そして今日はいつものSさんと久しぶりの新地。堂島アバンザで待ち合わせしていたら隣の薬師堂の節分祭がおこなわれており、日本酒のにおいがぷんぷん。知人のサイトで拝見したすぐ近くの「はなれ」という店で食事をしたが、週末ということで繁盛していた。でももう少し客に気配りが必要かなというのは同県人としての苦言だが、〆の鯛めしは美味だった。これだけでも来る価値はある。そして今夜もゴチになり毎度ありがとうございます。しかしダイエットには程遠い生活が続いているが、美味しいものを食べると楽しい時が過ごせるのはいいものだ。
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(師走壱拾四日) 放送の公共性  

番組改編訴訟の控訴審でNHKに賠償を命じた判決が出されたが、例の関西テレビの「あるある…」の問題もあって、放送の公共性が再び問われているという。しかし、この公共性という言葉に違和感を覚えるのだ。

NHKが公共放送であるというのはその収入形態から見ても肯けるが、公共というのは「おおやけ」であり、民放がホリエモンのニッポン放送株取得のときに、親会社のフジテレビをはじめ「公共放送の使命」などと何時の間にNHKになったのかという態度で臨んだことを思い出す。ビキニ姿で乳房の重さを測ったり、おっぱいパブを再現させたりする深夜番組のどこに公共性があるのだろうか。

「おおやけ」とは国家または地方自治体を指すわけで、民放は権力の座にいると自負しているのだろうか。戦後日本では「公共」というのは、個人の自由や権利を制限しうる唯一の概念である。公共概念の正体はあきらかに権力である。何かを云えば公共という刀を振りかざす経営者は、その器には相応しくないのだ。
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