(師走廿壱日) コーチ  スポーツ

スポーツニュースではプロ野球のキャンプが連日流されている。MLBは2月の中旬から始まるのに開幕は日本より早かったりすると、だらだらと長く自己満足のキャップと調整を続ける日本のキャンプとはなんだろうかと思ってします。要は自分の意思で調整するのが当たり前のアメリカと、敷かれたレールがないとなかなか調整できない民族性の違いかもしれない。

ところで、若手にとってはここで上にアピールしないと、なかなか一軍にあがってこれない。そこで問われるのがコーチの存在である。人を育てるというのは教えるほうと教えられるほうの共同作業である。選手の向上心とコーチの能力、情熱が結びついて初めて結果が生まれてくる。しかし、最近若手が伸び悩んでいるのは、この共同作業に溝が生じているからである。特に問題なのはコーチの情熱である。言葉を変えればサラリーマン的コーチが増えてきているからである。練習のための練習を選手に強いたり、私はこんなにやっていますよ、と監督にアピールすることが仕事のようなコーチがやたら多いのである。保身や言い訳の上手なコーチのもとで選手が育つわけがない。

選手の個々の能力によってはなかなか結果が出なくて伸び悩んでいる若手は多い。そこでコーチは本人のやる気を引き出すために、褒めたり煽てたりするものだ。しかし、褒めることと煽てることは違うものである。褒めることは「傑出して秀でたものを認める」ことであり、煽てるのはコーチの職場放棄とも云うべきものである。そこにはコーチの情熱とか選手に対する愛情が見えないのである。
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