(如月参日 春分の日) 柴田敬  金融

1985年岩波書店から刊行された都留重人の「現代経済学の群像」に海外の有名学者と並んで日本人の経済学者として、柴田敬と安井琢磨が紹介されている。柴田の研究はマルクス経済学の諸問題を近代経済学の創始者の一人であるワルラスの一般均衡分析を用いて解明することだった。この研究は輸入学問として発達した日本の経済学のなかで、加工再輸出とはいえ、輸出に初めて成功した例である。勿論、戦前1935年ごろの話である。

柴田は福岡に生まれ、福岡商業、山口高商を経て、京都帝大経済学部に入学した。河上肇のゼミの参加し、京大助教授時代にハーバードに留学。シュンペーターのゼミに加わった。当時はサミュエルソン、レオンチェフ、スイージー、そして都留重人とそうそうたるメンバーがいた。また帰途には当時英国に居た吉田茂の紹介で、あのケインズとも面談している。伊東光晴にして「日本人で唯一ケインズと議論らしい議論をした。」と云わしめているほどの逸材の柴田だが、その後は戦時体制のなかで翻弄されていった。そして戦後GHQにより公職追放を余儀なくされた。

追放解除後、母校の山口大学経済学部の教授、学部長を務めたが、戦後は「忘れられた大経済学者」とみなされた。その後は青山学院大学に転出し、経済学部長になり、1986年にその生涯を終えている。山口大学教授時代では、私が山大に在籍していた当時の学部長安部一成などを育てている。

先日山口大学経済学部のOB会である鳳陽会のHPをたまたま見る機会があり、この先人のことを思い出した。古典から学ぶことは多い。たまには動学的一般均衡理論や応用一般均衡分析などを読まなくてはいけないのだろうが、学部の先人ほど優秀でない私には苦痛以外の何者でもないだろう。
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