(如月九日) 無責任男  

植木等が亡くなった。敬称を略することさえおこがましいが、享年80歳だったという。ということは昭和20年には18歳だったわけだ。私の母と同じである。植木等は確かに高度成長期のサラリーマンの哀歓を代表したコメディアンであり役者だった。しかし、その出世作が『ニッポン無責任時代』であることなどにとらわれて、「無責任なサラリーマンを象徴した存在」と位置づけるのはどうかと思う。彼の実家は三重県のお寺であり、父親は戦前の部落解放運動の闘士であり、息子の等は「平等」の「等」という話もあるぐらいだ。

植木とその世代の人々、私の父も同世代だが、本当の意味でこの国の高度経済成長を支えた人々である。彼らは極めて真面目に働いていた。実際私は父が家でごろごろしている姿を見たことがない。決して無責任な連中ではなかったのだ。生真面目なだけにコメディーで僅かな幸せを感じていたのかもしれない。彼らは多感な少年時代を戦争という非日常のなかで過ごしている。そこでは前線の兵士に対してはともかく、国内に止まっている腐敗した軍部の横暴には辟易していたのではないだろうか。組織の腐敗は国を滅ぼすことを身をもって知っている年代だからこそ、逆説的な「無責任」ではなかったのではないか。
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