(如月廿五日) パチンコ  社会

尼崎の繁華街にある当支店の周りはパチンコ店が多い。朝から行列をなしている店もあり、前任の難波もそうだったけど、少しは働けよと思ったりする。私も若いときは時間つぶしで入ったこともあったが、最近というか何年もというか入った記憶がない。何故か、そりゃ下手だからだ、という外野の声もあると思うが、あれがギャンブルとかゲームとか思えないからである。ギャンブルを毛嫌いする人には五十歩百歩だろうが、パチンコは決してギャンブルではない。

30兆円といわれるパチンコ業界だが、そもそもこの業界には犯罪性があるのだ。第一にパチンコを賭博と認めない法解釈。第二に警察との許しがたい癒着。そして基本的にいかさまであること。ギャンブルとは基本的に確率なのだ。その確率を平気で変えるクギの操作など私はもってのほかだと思う。ギャンブルの世界標準で、平然と確率を変えるなどしたら大事になる。そのクギ調整をしていない店など日本にはないはずだ。ギャンブルでいかさまをすればどうなるかきらい、小学生でもわかるというものだ。

世界各地のカジノにはたいていスロットマシンがあるが、これにカジノ側の小細工がおこなわれることはない。パチンコだけは賭博開帳側に有利な小細工が公然となされるのである。だからこのパチンコが世界に広がらないのである。外の目から見るとあまりにも異様なのですよ、パチンコは。
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