(如月廿九日) 誕生日  

四国の父親の誕生日である。1925年82歳、親父はいつまでも親父である。大正14年生まれということで昭和の年が親父の年齢だ。昭和は遠くなった、もう82年である。出来れば昭和100年まで生きてもらえれば、これはもはや夢のような話である。いろいろと年をとればそれなりにガタもくるし、病院の厄介にもかかる。しかし、孫の為に米を作るという意欲は衰えない。毎月必ず電話があって「お米はあるか」とかかってくる。これが私が大学生になった1975年から続いているのだから、32年間である。当時親父は50歳。今の私と同年齢である。

今日は仕事が遅くなりそうなので、同じように今年大学生となった次男に「おじいちゃんに誕生日おめでとう」と電話をしておくようにいっておいたが、帰ってくると、お兄ちゃんのことを聞かれたので、「電話はかかってこないけど、生きていると思うよ」などと言ったものだから、こりゃ心配するなあ。大変だぁ。
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